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1話:”子どものため”の難しさ

昼前の保育園は少しだけ慌ただしくて、でも不思議と落ち着いていた。廊下には給食を運ぶワゴンの小さな車輪の音。調理室のほうからは味噌汁の湯気と炊きたてのご飯の甘い匂いがゆっくり流れてくる。「いただきます!」保育室のあちこちから子どもたちの声が重なった。その声は揃っているわけではなく、少し早かったり、誰かが笑っていたり、遅れて言う子がいたりする。でも、そのバラバラな感じが妙にあたたかかった。ふみさんは3歳の息子の小さな手を引きながら、保育室の中を見ていた。都内の小さな会社で事務をしている彼女は、どちらかといえば楽観的な性格だった。細かいことを深く考え込みすぎない。“とりあえずやってみる”が自然にできるタイプ。今回の園見学もそんな感覚だった。「なんか、いい雰囲気だね」隣に立つ息子の頭をぽん、と軽く撫でる。息子は知らない場所に少し緊張しているのか、ふみさんの後ろに半分隠れるように立っていた。小さな指がふみさんの服の裾をぎゅっと握っている。案内してくれている園長先生は淡いベージュ色のエプロンを身につけていた。話し方がやわらかい。急かす感じがなく、言葉の間に余裕がある。「ちょうど給食の時間なので、よければそのまま見ていきますか?」「ぜひ」ふみさんは軽くうなずいた。保育室の扉が少し開く。中から流れてきたのは子どもたちの生活の音だった。スプーンが皿に当たる音。椅子を少し引く音。「これおいしい!」という声。保育者が「こぼれてるよー」と笑いながらティッシュを差し出す声。小さなテーブルがいくつも並び、子どもたちがそれぞれ座っている。窓から入る昼前の光が机の上のコップに反射していた。その中で、一人だけ動
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