好きな人を待ちながら、自分を見失っていませんか
5月の風が少し湿っている日に、川のほとりや池のまわりで青紫の花が群れて咲いているのを見たことがあるだろうか。カキツバタという花で、すらりと細長い葉の間から、深みのある紫色の花びらが凛と立ち上がる。雨の多い季節に水辺で揺れるその姿は、どこか儚げで、それでいて静かな強さを持っている。派手に主張するわけでもなく、ただそこにある。そういう花だ。カキツバタの花言葉のひとつに「幸せは必ず来る」という言葉がある。もうひとつが「思慕」。この二つが同じ花に宿っているのが、なんとも深いと思う。万葉集の時代から、カキツバタは恋の歌とともに詠まれてきた。恋人を待ちわびる気持ち、会いたくても会えない切なさ、それでも心のどこかに灯し続ける希望。そういう感情がこの花に重ねられてきたんですよね。だから「思慕」と「幸せは必ず来る」が一緒に並んでいる。ただ待つだけじゃなく、その先に信じるものがある、そういう意味なのかもしれない。あなたにも、待ち続けている何かがあるだろうか。あの人の気持ちが戻る日を、ずっと待っている。連絡が来ない夜が続いて、自分のことが好きなのかどうかさえわからなくなってきた。待つことをいつまで続けていいのか、もう答えを出した方がいいのか。そういうところで立ち往生している人が、いまこの文章を読んでいるかもしれない。少し前に、ある女性からご相談をいただいた。出会って半年ほどの男性のことで、お互いに好意は伝えたけれど、関係が進まないまま時間だけが経っている、という状況だった。相手のことが好きで好きで、でも自分から動くのが怖くて、向こうの出方を待ち続けているうちに、もう自分の気持ちがどこに向いているのか
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