誰かを悪にしない勇気 ― 恐怖がつくる物語 ―
3月11日という日3月11日になると、多くの人があの日を思い出します。もう15年も経つのですね。地震押し寄せる津波。初めて見る恐ろしい光景そして、その後に広がった不安。自然の前で、人はとても小さな存在だということを改めて感じた日でもありました。多くの悲しみがあり、多くの祈りがあり、そして多くの支え合いがありました。恐怖は人の心を揺らす災害が起きたとき、人の心には大きな恐怖が生まれます。それはとても自然なことです。自分の命。大切な人。これからの生活。守りたいものがあるからこそ、恐れは強くなります。そして恐怖は、私たちの心を大きく揺らします。恐怖は物語を生む恐怖を感じたとき、人は状況を理解しようとします。「これからどうなるのだろう」「何が起きているのだろう」そのとき私たちは、心の中でひとつの物語を作ります。その物語はときに現実よりも大きくなり、不安をさらに広げることがあります。災害と争いの共通点戦争と災害は、まったく違うものに見えるかもしれません。けれど、そこには一つの共通点があります。それは恐怖が人の行動を大きく変えるということです。恐怖が強くなると、人は世界を単純に見始めます。味方か、敵か。安全か、危険か。そうやって世界を分けることで、安心しようとするのです。恐怖の奥にあるものを見る恐怖そのものは、悪いものではありません。それは、守りたいものがある証だからです。けれど、恐怖に飲み込まれてしまうと、世界はとても狭くなります。だからこそ、私はときどき立ち止まってこう問いかけます。「この恐れの奥には、何があるのだろう」その問いは、人を落ち着かせ、世界を少し広くしてくれます。3月11日
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