あえて全く進まない行列の最後尾に並んで見えた真理
こんにちは!城間勝行です。昨日の昼下がり、私は街で見かけた、何のためにできているのかも分からないほど長い行列の最後尾に、あえて並んでみることにしました。エンジニアという職種柄、私は普段、いかに待機時間をゼロにするか、いかに処理速度をコンマ一秒でも縮めるかという効率の極致を追求しています。無駄な待ち時間はシステムにおける最大の悪であり、排除すべき対象です。しかし、列の最後尾に立ち、前がいつ動くかも分からない、目的すら定かではない状況に身を置いた瞬間、私の脳内には心地よい静寂が訪れました。最新のスマートフォンをポケットにしまい、ただ前の人の背中を眺め、ゆっくりと流れる時間そのものを噛み締めてみたのです。この非効率極まりない時間は、私にサービスの本当の価値を教えてくれました。ココナラで日々多くの方からご相談をいただく中で、私はつい最短距離で正解を提示することに躍起になっていたのかもしれません。でも、この行列に並んでいる時間は、ただ目的地に辿り着くためだけの空白ではなく、期待を膨らませたり、周囲の喧騒に耳を澄ませたり、自分の内側にある思考を整理したりするための、豊かな熟成期間だったのです。システムも同じです。単に速く動けばいいというわけではなく、その処理の合間にある余白や、使う人が「待つ」という行為そのものに納得感を持てるような、心の動きをデザインすることの重要性に気づかされました。列は三十分経っても数メートルしか進みませんでした。周囲ではイライラして列を離れる人もいましたが、私はその場に留まり続けました。思い通りにいかない不自由さを受け入れたとき、不思議と新しいアイデアが次から次へと
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