「聞いてあげるしかなかった」が誰かの救いになっていた話
こんにちは、クウ太郎です。ちょっと今日は、昔のことを思い出した話をさせてください。 私が「話を聞くことが誰かの役に立てるんだ」と初めて実感した瞬間の話です。毎晩電話をしていた、あの頃のことエンジニアとして働いていたころ、同じ職場にひとりの同僚がいました。 客先に常駐して働くスタイルで、私とは別の場所で作業していたんですが、その場所の上司がかなりきつい人でした。「なんでこんなことができないんだ」 そういう言葉を毎日のように浴びせられていたようで、同僚は精神的にボロボロになっていました。仕事終わりの夜、よく電話がかかってきました。 私にできることといえば、ただ話を聞くことだけ。 「そうだよね、しんどいよね」 それくらいしか言えなかった。それが1ヶ月、2ヶ月と続きました。 毎晩1〜2時間、ずっと話し続ける日もありました。「何もしてあげられなかった」と思っていた正直なところ、私は「何もしてあげられていない」と思っていました。 答えも出せない、状況も変えられない。 ただ聞いているだけ。 それって意味があるのかな、と。15年後に言われた言葉それから15年ほど経って、私の結婚式に同僚を呼んだんです。 二次会で飲みながら話していたとき、彼は言ってくれました。「あの頃、毎日電話して話を聞いてくれたこと、本当に助かった」 「あれがなかったら、もっとしんどくなってたと思う」そう言ってくれて、私はちょっと驚きました。 「そんなにためになっていたんだ」と。私にとっては「何もしてあげられなかった」時間が、相手にとっては「救いになっていた」。 その時に初めて、ちゃんとわかった気が
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