四柱推命命式が重要なのか、運の流れが重要なのか?
「鶏が先か、卵が先か」という言葉と同じ論争の種だと思っている方もいると思う。
「命式が先か、運の流れが先か」などの論争が多いが、結論から言うと、命式が先だ。
命式は生まれてから死ぬまで一緒にしなければならない。それで普段の態度と習慣になる。
反面、運の流れは特定期間にのみ作用する。そのため、外部の刺激と新しい機会になる。
運の流れが命式の短所を補ってくれるのは事実だ。実際の運勢鑑定も、命式と運の流れの相関関係とする。
しかし、いくら運の流れが命式の短所を補っても、命式そのものの短所が過度にひどければ、良い運の流れを生かすことができない。
難しく考えることはない。
命式は普段の態度であり、運の流れは与えられる機会だ。
普段、無茶苦茶な態度の人が機会が来たからといって、そのチャンスをつかむことができるのか。
機会をつかんだところで成果が出るのか。
とんでもない。
動くことが死ぬより嫌いな人に国家代表トレーナーを付けたからといって運動の成果が出るはずがなく、
勉強に全く関心のない人にハーバード出身の家庭教師をつけても、注目に値するほどの成績は上がらない。
運の良い流れというのも結局、「命式」がよくないとまともに享受できないものだ。
俗に言う「用神運」が来ても、誰かは開運になり、誰かは開運にならない違いがここから生まれる。
実力のある占い師は知っている。
四柱推命命式という8文字(あるいは6文字)を見た瞬間、運の流れまで見なくてもすでにその人に対する人生の見積りがどの程度なのかすぐに分かる。
ただ運の流れを見てこそ、より正確な結果が出るため、運の流れを見る。
「命式」が良ければ運の流れ
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