サインする、という行為の重み|契約で本当に同意していること
住まいを決めるとき。スマホを契約するとき。保険に入るとき。私たちは、日常の中で何度も「サインをする」という行為をしています。本当は、じっくり読んで、理解して、納得してからサインするのが理想なのだと思います。でも現実はどうでしょうか。時間がなかったり、専門用語が多すぎたり、「よくある契約ですから」という一言に背中を押されたり。気がつけば、流れの中でサインしていることの方がずっと多いのではないでしょうか。サインをした以上、それは「同意した」という扱いになります。ただ、それが「すべてを理解した上での同意」かというと、必ずしもそうとは限りません。ここで大切なのは、誰かを責めることではありません。サインしてしまった自分を責める必要もありません。現代の契約は、分かりにくく作られているものが多い。それが、まず前提としてあります。サインそのものが悪いわけではない。生活を送る上で、必要な行為でもあります。ただ、「これはどんな意味を持つサインなんだろう」そうやって、ほんの一度立ち止まる視点があるだけで、あとから見える景色は変わってきます。明日からは、「あとから気づいて、どうにもならなかった話」そんな具体的な場面を、少しずつ書いていこうと思います。
0