「水瓶座・風の時代」について思うこと
こんにちは、かずまです。最近、「水瓶座・風の時代」という言葉がTwitterやYOUTUBEで散見されますが、僕自身はこういった類のものは言葉遊びだと思っています。
なぜなら、どの時代であっても、どの環境であっても、人間は好きなように自己を規定し、自分の人生を生きられるからです。
そしてもっと言えば、暦など人間が自己の都合で勝手に定めたものですから、存在しません。 お金や、国家や、会社・法人などと同じで、存在しないものを共通の幻想として「あることにしましょう」と了解しているものの一つということです。
「水瓶座の前に絶対○○をしろ」という言葉もよく見かけますが、それらも恐怖心を煽って閲覧数を増やすだけの言葉遊びですね。 絶対しなくちゃいけないことなど、人生にはありません。 唯一あるとすれば、それは人生を楽しむこと、です。 ただそれは他人から言われてすることでもなければ、まして時代が変わるからする、という類のものでもありません。
心のままに生きればいいんです。 人生はいつも自分の目の前にあります。 ○月○日までに、と区切らなくても、今この瞬間変わればいいんです。
○○の時代が来ようが来るまいが、いまあなたは生きています。それだけは誰にも否定できません。
水瓶座や風の時代が来ても、車にはねられれば人は死にます。 何も変わりません。
いつもと同じ日常です。
今この瞬間を精いっぱい生きましょう。 そうすれば、土の時代だろうが風の時代だろうが言葉遊びに惑わされることなく変化できますよ。
そしてマンデラエフェクトについても同じことが言えます。 いいじゃないですか、どの世界線に移っても。 いい
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