占いジプシーと呼ばれる人へ。それは迷いではなく、旅路です。
こんにちは、玄巌です。ブログでは少し肩の力を抜いて、私が日々感じていることを書いていこうと思います。今日は「占いジプシー」という言葉について、少し話をさせてください。
「占いジプシー」という言葉への違和感
「占いジプシー」という言葉を、聞いたことがあるでしょうか。
何人もの占い師を訪ね歩く人を、こう呼ぶことがあります。私はこの言葉に、ずっと違和感を抱いてきました。
「ジプシー」という言葉には、どこか否定的な響きがあります。「迷っている」「依存している」「答えを求めてさまよっている」そんなニュアンスが込められている気がするのです。
でも、本当にそうでしょうか?
複数の占い師を訪ねることは、自然なことであり、それは迷いではなく、答えを探す旅路なのだと私は考えています。一人の占い師の言葉で心が静まるなら、それでいい。でも、静まらないなら、別の声を聞くのは当然のことです。
医者だって、セカンドオピニオンを取ります。大きな決断をする時、複数の専門家に意見を聞くのは、むしろ賢明な選択です。
占いも同じではないでしょうか。
私自身、鑑定をする時、いつも思っています。「私の言葉が全てではない」と。
神々の声を聞き、導きをお伝えしますが、それがあなたの心に届かないこともあるでしょう。タイミングが合わないこともあるでしょう。
だから、他の占い師を訪ねることを、私は止めません。それはあなたの権利であり、自然な選択だからです。
心が静まらない理由を考えてみる
ただ、一つだけ私からお伝えしたいことがあります。何人もの占い師を訪ねても、心が静まらない。そんな時は、少し立ち止まってみてもいいかもしれません。
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