服従と自立|僕が35歳で「鎖」を切り始めた理由
僕は、本当に自分の生きたい生活を送りたいなら、「服従」から少しずつ解放されていく必要があると思っています。ここで言う服従とは、誰かの許可がなければ動けない状態、誰かの都合に合わせなければ生活できない状態のことです。そして、その正体は突き詰めると経済的な依存だと僕は考えています。服従には「濃さ」があります服従は、白か黒かではありません。濃淡があります。一番濃い服従は、会社だと思っています。決まった時間に出勤し、決まった給料と社会保障のために働き、上司の命令を基本的に無視できない。理不尽なことがあっても、簡単には離れられない。これは、とても強い服従の形です。服従は、少しずつ薄めていくもの次に服従が薄くなるのが、フリーランス的な働き方だと思います。会社よりは自由ですが、取引先やプラットフォームとの関係は残ります。完全に自由ではありませんが、それでも服従の濃度は確実に下がります。そして最終的に目指すのが、自分で顧客を持ち、自分で仕事を設計し、自分で責任を取る働き方です。服従が薄くなるほど、責任は大きくなります。それでも僕は、自分らしい人生を生きるには、服従を薄めていくしかないと思っています。僕は35歳で、服従の鎖を切り始めました僕は35歳のとき、副業という形で服従の鎖を切り始めました。最初は小さな一歩でしたが、今では「いずれ完全に切断できる」という現実的な見通しが立っています。正直に言うと、今は「服従しているフリ」をするほうが大変です。まだ表向きは服従の中にいます。だから演じ続けています。でも、その先が見えている。それだけで、心の自由度は5年前とはまったく違います。服従から離れると、世
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