時間を超えて誰かの心に届くから
大学のキャンパスに、春の風が吹いていた。新しいノートのページをめくるたびに、紙の香りとともに少し緊張が混ざる。柚(ゆず)は人間科学部の講義室で、配られたプリントを眺めていた。タイトルには「心理と音の関係」。(……音、か。)心の奥で、小さく胸が鳴った。あの音楽室で過ごした日々が、ふっとよみがえる。風の音、ピアノの響き、そして新(あらた)の笑顔。放課後。駅に置かれたストリートピアノ。大学帰りの学生や通行人が、時々立ち止まって音を奏でていく。柚はふと立ち止まった。ピアノの前に、背中を少し丸めて座る青年がいる。指先の動き、音の流れ――どこかで聴いたことのある旋律。(……この音、まさか。)風が吹き抜け、髪が頬をかすめる。次の一音が鳴った瞬間、時間が一瞬止まったように感じた。柚は歩み寄りながら、小さく呟いた。「“ひとつの空の下で”……」青年が振り返った。――新。「……やっぱり、柚だと思った。」春の風が、二人の間をやさしく通り抜けた。ベンチに並んで座りながら、二人はゆっくりと時間を取り戻すように話した。「いつ帰ってきたの?」「昨日。」「相変わらず、ピアノ弾いてるね。」「うん。でも今日は、 偶然ここで弾きたくなって。」新は少し笑いながら空を見上げた。「柚も、変わらないね。」「そんなことないよ。 少しは、大人になりました。」柚はそう言いながら、自分の胸に手を当てた。その奥に、あの時の“音”が今もある。「ねぇ、新。」「ん?」「私、今、心理学を勉強しているの。 “音が人の心に与える影響”って いうテーマで。 いつか“心を癒す音”を届けたい と思ってて。」新は目を丸くして笑った。「それ、すごくいいね
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