絞り込み条件を変更する
検索条件を絞り込む

すべてのカテゴリ

3 件中 1 - 3 件表示
カバー画像

「おもしろい音」が出なくなったとき──“心”を忘れた演奏に気づくためのヒント

私たちは、あたたかい心を分かち合うために音楽をしている   ◾️音楽の目的は「心の共有」。   そのための手段が “楽器” 私たちは、あたたかい心を分かち合うために音楽をやっているんですよね。 その音楽を表すための手段として“楽器”を使う――これが自然な順序であり、本来の目的です。 「互いに良い心を共有できない音楽をやりたい」と思う人は、きっといません。 だからこそ、“心を分かち合えるような音楽”を生み出すために、私たちは音楽のつくり方を磨き、 その前段階として楽器の使い方を磨いていくのです。   ◾️途中の段階で、目的を見失いやすい理由 けれども、この「途中の段階」にいるとき――つまり、 “音楽の創り方”や“楽器の使い方”を学んでいる最中―― 私たちはつい、本来の目的を忘れてしまいがちです。 なぜなら、 その習得過程が大変だから。 「まずは弾けなきゃ!」「まずは覚えなければ!」 そんな思いに翻弄されて、 “心”どころではなくなってしまうのです。 気づけば、音楽をする喜びよりも「できる・できない」の世界に飲み込まれ、 だんだんと音もおもしろくない響きに変わっていってしまいます。   ◾️「おもしろい心」を横に置いたら、     音もつまらなくなる 出る音がつまらないのは、 “おもしろい心”をそっちのけにしているから。 心が楽しんでいないとき、 音はそのままの姿で聴き手に伝わります。 本来、音楽のいちばんおもしろい部分は「心そのもの」。 おもしろい心を扱える人こそ、聴き手の心を動かせる演奏者になっていくのです。   ◾️「おもしろい音楽の心」を扱おう おもしろい音を出したいなら、
0
カバー画像

「気持ちのモードが変わると、響きが変わる」 〜“感じる力”が生み出す本物の表現〜

◾️響きの違いは「心のモード」から生まれる 「気持ちのモードが変わると、 響きが変わる。」 このシンプルな一言の中に、演奏の深い真実が隠れています。 たとえば、クレッシェンド・デクレッシェンド、タッチの強弱、はねる・はずむスタッカート感覚、長くのばすフェルマータの余韻…。また、セクションの境目場面変化の表現など。。。 これらは、音楽の中で“心の動き”を表す大切な要素です。 つまり「そのように感じたから、そのように弾く」もの。 ところが、実際には“形” だけが先に立ってしまうことがあります。 「強く弾く場所だから」「譜面にそう書いてあるから」という理由で音を出すと、そこには心の動きが伴っていない響きが生まれてしまうのです。 ◾️ 表面の演奏になってしまう理由 それはさながら、「表情を描いた仮面」をかぶったような音。 一見正しく演奏していても、どこか機械的で、聴き手の心には届きにくい。。。 これは、私たち多くが受けてきた“型通りの教育”の中で身についた習慣でもあります。 軽音楽のように、自由度の高いジャンルでは、自分で感じ、考え、決める力が欠かせません。 この感覚が育っていないと、「どう弾けばいいかわからない」という状態になり、結果的にロボットのような演奏になってしまいます。 ◾️「感じる“から”弾く」へのリフォーム けれども、音楽の魅力はそこにはありません。 人を惹きつける“おもしろい演奏”  とは── 気持ちが盛り上がったり静まったり、切なくなったり明るくはじけたり、びっくりしたり安心したり、ワクワクしたり優しい気持ちになったり・・・する演奏。 そんな心の揺れを、リスナーが音で
0
カバー画像

「罪悪感に気づくと、音が変わる」―良心が響きをゆたかにする理由

◾️はじめに 演奏をしていて「表情が乏しいな」「なぜか音にあたたかさがないな」と感じたことはあるでしょうか。 それは、技術の問題というよりも、心の奥にある“罪悪感”や“自己否定”が関係しているかもしれません。 ◾️罪悪感が強いと、響きが硬くなる 罪悪感や恥を強く抱えていると、無意識に自分を責める状態となり、演奏にもそのトーンが映ります。 自分を否定している状態には、聴き手はどこか居心地の悪さを感じ、心から共感することができません。 反対に、良心を根底に持って演奏する人の音には、音そのものに温かみと信頼感が宿ります。 それは言葉にできない“体温”のようなもので、人は無意識にそれを感じ取り、好感や共鳴を覚えるのです。  ◾️長く愛される音楽の共通点 失恋の悲しみや、怒り、苦悩を表現している曲でも、歴史に残る名曲には共通点があります。 それは、どんな感情の中にも「良心」―すなわち人への温かいまなざし、ぬくもり、愛―が根底に流れていること、です。 この“良心”が、技術(手段や道具)にしっかり乗っているかどうか。 それこそが、音楽を「空虚」にも「感動的」にも変える決定的な違いなのだ、ということが「共通点」からわかるのです。  ◾️「良心」はきれいごとではない 「良心」や「愛」という言葉は、ときに人には“きれいごと”のように映ることがあります。 でも、不思議なことに―― そうした言葉を軽んじる人ほど、実は心の奥で“きれいごと”を求めている、ということもわかります。 人は、本当は「良いもの」「あたたかいもの」に触れたいと願っているから。 物事を良くしていく源は、いつも“良心”から始まります。
0
3 件中 1 - 3