(母方の)祖母と私
① 祖母の命日② 一人暮らしで、くも膜下出血③ 同居生活スタート④ 認知症発症 ⑤ 腰骨骨折で入院⑥ 病院からの「看取りの病院への転院」の案内⑦ 施設探しに奔走⑧ 出会いに感謝8月30日、母方祖母の命日。2年前に101歳で亡くなりました。92歳で一人暮らしをしていたある朝、祖母から電話が…。「なんだか首が痛いのよ」心配した両親は祖母を病院へ。整形外科で診てもらい、念のためと総合病院へ歩いて入りました。そこで私も合流。なんだか周囲はバタバタ。祖母は元気にしゃべっていました。出た診断は「くも膜下出血」!高齢だからということで手術は一旦見送られましたが、あまりに元気で、とても若く見えたこともあり「手術してみましょうか」とドクター。手術に踏み切りました。編み物が好きだった祖母。年中編んでいました。編んでいるのは元気な証拠。私は幼い頃から冬には、祖母に編んでもらったセーターを着て過ごしました。手術後は、点滴のチューブを編むように無意識に手を動かしていた祖母。なんとなんの後遺症もなく無事退院し、そこから同居生活が始まりました。父は長男で、私は父方の祖父母とも一緒に過ごしていた時期があります。母も長女。私も長女。なんだか運命を感じています。ドクターからの意見は「退院後はデイサービスを利用すること」でした。一人で過ごすことが好きだった祖母にとってはつらい選択肢だったかもしれません。でもドクターから言われたことだから受け入れはスムーズでした。週1利用から開始しましたが、数年経って認知症の症状が出始め、紙パンツ生活でトイレに紙パンツを流してしまったり、あんパンをタンスに隠したり…。ある日は、すぐ
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