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「お母さん、トイレ行ってきていい?」が欲しかったモノ

私は築50年近くが経過した総木造家屋で幼少期を過ごした。最初は独立していたのだろうけど増築に増築を重ねて無理矢理同じ屋根の下にした母屋と水回り。幼少期の私にとってトイレはもはや完全に外としか思えない場所にあった。しかも外履きは大人サイズの下駄。”独り立ちトイレ”のトレーニング最初は毎回が度胸試しだったような記憶。”独り立ちトイレ”に慣れてきた私は尿意を堪えながら「お母さん、トイレ行ってきていい?」さっさと行けばいいのに母に対して、ふざける余裕が芽生えた。だが、母のリアクションは完全に意表をつかれた困惑能面。「どうして、そんなことを聞くの?」えっっっっっ???逆に、どうして、そんなことを言うの?「お母さん、トイレ行ってきていい?」は母にとって私からのサインにはならなかったのだ。「お母さん、トイレ行ってきていい?」とわざわざ聞いた私が欲しかったモノ『行ってらっしゃい』の言葉ふんわりした笑顔『ダメ~』のユーモア返したまには付いてきてくれる?嬉しい期待扉を開ける、優しい促し『もう、一人で大丈夫だね』の賞賛and more・・・困惑能面なんて、絶対に欲しくなかった。絶対に。穏やかな旅立ちに備えていた母にさり気なく当時のことを話題にしたところ「この子はトイレに行くのも確認しないとダメなのかな、と思ったよ。私がパタパタしてる時に限ってチョロチョロしてたんじゃないかな」今は大人だから静かに理解に努めたけれど私の中にいる、小さな私にとってはふと、痛みに包まれる救われない思い出。
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【自分らしく生きられるコーチング】自分軸で生きられる方法♡

こんにちは☺aoiです♬子どもには幸せになってほしい…!親だからこそ、節に願いますよね。私の母もまさにそうでした。母は結婚後、なかなか子どもに恵まれず、ようやく授かったのが私でした。私は先天性の疾患を持って生まれた為、母からすれば”私のせいで健康に生んであげられなかった”という思いがあったようです。だから、誰よりも幸せになってほしいという想いが余計に強かったのかもしれません。私は女の子が好きなリカちゃん人形にこれっぽちも興味が持てず、仮面ライダーごっこが大好きで弟を蹴り飛ばした写真が残っている程の活発な子でした。春になれば、蝶々やトンボを採り夏になれば、外で水遊び。とにかく外が大好きで年中日焼けをしていました。女の幸せ=結婚・出産そう思っていた母からすれば、母が思う”女”の生き方とは異なる私が心配だったのです。”結婚できない=幸せになれない”だから、私が何か行動する度に”○○だから結婚できない(幸せになれない)わよ”と言われ続け、その結果、私は自分の生き方では結婚できない・幸せになれないと思うようになり、その通りの人生を歩んでいくようになりました。そして女の幸せを手に入れられるようにと母は私に”女の幸せレール”を引きました。私がそのレールから外れて歩けば、そのレールに引き戻しました。そのレールを歩くように”○○をするとうまくいかないからこっちを選びなさい”と呪文のように言われました。私は母に嫌な顔をされるのが嫌で幸せになりたくて母が引いたレールを歩き続ける努力をしました。自分が選ぶ道=幸せとは私は知らなかったので母が引いたレール以外の道を歩くと罪悪感が強く、自分で”幸せになれな
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