仮観を全力で楽しむという生き方〜マインドセット#52
はじめにこんにちは、気心アドバイザーのひすいです。タイトルの仮観(けがん)をご存知でしょうか?仏教に三観の1つになり、他に空観、中観とありますが仮観はいわゆる「常識」だと考えてみながらお読みいただけたら面白いかもしれません。と、いうことで、今回のテーマは「全力で仮観を楽しむ」です。仮観(けがん)という言葉は、少し耳慣れないかもしれませんが、仏教の概念の一つです。仮観とは、仮の現実、つまり私たちが日常で体験している世界を意味します。仮の現実でありながら、私たちはその中で生き、楽しみ、苦しみます。この仮観の世界をどう生きるべきかについて、今回は考えてみたいと思います。仮観とは何か?仮観とは、仮の世界を観るという意味です。仏教では、私たちが体験している現実は「仮」であり、本当の意味では実体のないものだと説かれています。現代の科学、特に量子力学でも「全ては観測によって形を持つ」という考え方が示されているように、私たちが見ている現実は確かなものではありません。しかし、その「仮」の世界の中で私たちは日々生活し、時には悩み、時には喜んでいます。例えば、私たちが抱える欲望や目標、お金に関する心配事も、仏教の視点から見るとすべて「幻」であり、永続するものではないとされています。しかし、そうであったとしても、私たちが今感じている感情や経験は現実に存在しているように見えます。この二重性が仮観の本質です。結論として、仮観とは「現実でありながら本当は幻」であり、その中でどう生きるかが重要になります。 仮観を楽しむとは?仮観の世界は幻であると理解しつつ、その世界を楽しむことが私たちに求められているのです。
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