858.五百旗頭真氏が亡くなった、大震災の対応
五百旗頭真氏が亡くなった、大震災の対応宮内庁は7日、政治学者の五百旗頭真氏が亡くなったことを受け「ご冥福を祈っている」とする天皇、皇后両陛下の気持ちを明らかにした。
五百旗頭氏が語った岸田首相の姿 「甘かった」能登半島地震への対応
3/7(木) 14:27配信
毎日新聞
元防衛大学校長で東日本大震災の国の復興構想会議で議長を務めた五百旗頭真(いおきべ・まこと)ひょうご震災記念21世紀研究機構理事長は、亡くなる2週間前の2月21日に毎日新聞のインタビューに応じ、大災害時の政治トップの対応のあり方について語った。【聞き手・安藤いく子、島袋太輔】
(1月1日に)能登半島地震が起こり、岸田文雄首相は13日後に初めて現地に視察に入った。その視察から帰ってきたら、まず声を上げないといけなかった。「大変だぞ、普通じゃないぞ、そして、これをやらないといけないぞ」と、五つくらい柱を挙げて、それを見ながらやっていかないといけなかった。現地を見てきた人には誰も逆らえない。それなのに、岸田首相にそういうところがないのがじれったい。言葉がない。ワードポリティクス(言力政治)がない。
(1995年1月17日午前5時46分に)阪神大震災が起きた時、村山富市首相(当時)は午前中、ルーティンの仕事をしていた。予定されていた会合などに出た後、テレビに映る阪神高速道路が崩落している様子を、みんなが見ているのに気づいた。そして、五十嵐広三官房長官(当時)から死者数の報告を聞いて、びっくりした。10人ほどだと思っていたら、200人くらい。それから態度が変わった。
しかし、午前中の失態が大きすぎて、「あの
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