人に何か教えたいという親切心は責め心と紙一重。
タイトルにもある通り、人に何かを教えたいという親切心はちょっと間違えば相手を責めてしまう気持ちに変化するという大変”デリケート”な性質を持っています☝️『親切』と『責める気持ち』なんか真逆のように聞こえる言葉ですよね🙄でも実際に互いの言葉を突き詰めれば案外…表と裏、長所と短所の関係になっていることに気づくんです。まず『親切』という行為についてですが、親切が発動するきっかけになるのはどんな時か想像できます?そーなんです☝️親切は人が困っている時に発動するんです。つまり、人が困っていることとは、その人にできないことがあるってことですよね☝️できないことがある人に対して、「自分はできますけど、できないんだったらお助けしましょうか☝️」という心理が裏で働いているわけです🙄これが、人の上に立ちたい、人よりも優位でいたい、あなたより私の方が優れている…っていう気持ちの表れなんです😅もちろんあからさまにいう人もいれば、言わない人もいますし、気づかない人もいます😬つまり、親切心とは人よりも優れているという優位性を主張していることになります。簡単に言うところの、人の上に立ちたいと言う気持ちが隠れているものだということです。では次に責め心についてです☝️この責め心がなぜ親切心と紙一重かと言いますと、先ほどお伝えした親切心の進化と関係があるからです🤔つまり、親切心がエスカレートしてしまうと何が起こるかと言いますと…それが『責め心』なわけです☝️ここでちょっとだけ自分のことに置き換えて考えてみてください🤔目の前にいる人が何かができなくて困っていたとします
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