自由を取り戻せ
かごめかごめ籠の中の鳥はいついつでやるかごにとらわれた鳥は、いったいいつになったら出てくるのだろうか。人はどうしても、環境や経験によって自ら鳥籠に小さく収まるようになってしまうらしい。なにも人間だけではない。普段から手綱をつけられている馬は、ハミ(馬の口に噛ませる道具)をつけるフリをして、手綱を引っ張るフリをすると(実際は引っ張られていないのに)、引っ張られていると勘違いして付いて来るそうだ。また、小さな小さなノミを集めて逆さまにしたガラスのコップに閉じ込めると、初めはコップにぶつかるほど高くジャンプするけれど、次第に高くジャンプしなくなる。更には、コップを外して自由にしても高くはジャンプしないのだそうだ。人間もまったく同じ小さな頃から植え付けられた常識にとらわれて、枠からはみ出さないようにされている。私は盛大にはみ出していたから、とても生きづらかった。けれど、はみ出したままでは辛すぎて、自ら鳥籠に収まっていった。そうこうしている間にすっかり私の良いところまで隠れてしまったらしい。「自由を取り戻せ」最近は色んな所でそんな風に言われる。もはや「自由」がなんだったかさえ思い出せないのに、どうしろと言うのだろう。私はどうしたい?私は何を思い、感じる?日々繰り返す自問自答の中で、小さな小さな声が聞こえ始めた。「私は〇〇がしたい。でも…」ずっと押し込められてきたから、すごく言いにくそうに、遠慮しながら教えてくれる私。大丈夫だよ。少しずつでも、やって行こう。そう言ってあげると、すごくはにかんで、でも満面の笑みで嬉しそうにする。あぁ。私はどれだけ私に我慢させていたのだろう。こうして少しずつ自
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