駆け落ち
あれは私がまだ20代の独身の頃のことです。仮にA君としておきましょう。ある時彼を訪ねっていったら、彼は自分の肩に手乗り文鳥を乗せながら大好きだった「チューリップ」のLPレコードを聴いておりました。それはそれは、かなりのロマンチストだったのです。 ある日、彼が突然私を訪ねてきました。もともと無口な彼だったのですが、その時もいつもよりさらに黙り込んだままじっと下を向いていたので、何かあったのかと聞くと、ぽつりぽつりと話し始めました。 会社で知り合った女性に好意を持ち、お互いが意識し始めて交際するようになったのだが、その彼女に実は婚約者がいるのだと言います。では、どうするのだと聞くと、駆け落ちするつもりだと答えました。 「どこへ行くのだ。」「T君のアパートに世話になる。」T君も私たちと同級生で、仙台の企業に就職をしてひとりでアパート住まいをしておりました。すでに連絡すみで了解を得ている、ということでした。A君も彼女も仕事がない状態だったので、とりあえずの生活費を彼に貸し与え、そしてT君、A君、その女性の3人で、奇妙な生活が始まったのです。 どのくらいそんな生活を続けていたか、まもなくその住まいが彼女の家族の知ることとなり、すったもんだの末に彼女は無理やり家に連れ戻されました。A君はそれを恩師の先生に相談し、先生としても教え子の窮地をほっとくわけにもいかず、彼女の家に直談判に行ったのでした。 先生としては、駆け落ちまでして一緒になりたいという若い2人の願いを叶えてあげたいという思いで乗り込んだのですが、彼女の方の熱が冷めてしまったのか、婚約者の元に戻るという選択をとってしまったのです
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