ビックバン
おはようございます。最近ペーパードライバーだった相方さんの運転にお付き合いドライブすることが続いています。娘の練習にお付き合いするときも”ママの声が怖い!!”と怒られていたんですね~。相方さんは隣でサラさん騒いでも淡々とにこにこしています。不思議とこちらもすぐに落ち着いて隣に乗っていられたのですよね。後で、うるさくなかったの?と聴いてみたのですが、ビックバン心地でいたのですよと。サラさんは全体と表現してる感覚を相方さんはそう表現してるみたいなのですが、ビックバンが起きた時(これも想像ですが)意味も名前も解釈もなかったという心地のようです。サラさんの声も、音として聴いていたと・・・ここに起きてること純粋に感じているのは見る様子、聴く様子、感覚、味の様子、香りの様子だけなのですね。認識する前は、ビックバンと同じく何の解釈も意味もくっついていません。サラさんをジェットコースターに乗せて楽しませてる♪なんて解釈つけたら面白いですね。と。ただ起きたことに自由に私たちは解釈して、一喜一憂しているのですね。今回その様子がはっきりと見えてなんだか面白かったです。最近”身近な人にこんなこと言われたよ。”という表現を聴いたとき、それも、ひとつの表現で、その中に自分の”これが正解”という価値観隠れているんだなと、その人をジャッジしてることに気が付いたことも最近あったのですね。”身近な人にこんなこと言われたよ”も音としてただ全体から現れていただけなのに、サラさんの”全体として在らなければ”というようにこれも価値観になっていたのですね。そこから見えるものに対してジャッジが起きていたのでした。どこまでも、
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