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時代に耳をかたむけて

つれづれなるままにひぐらし 硯にむかひて心にうつりゆく よしなしごとをそこはかとなく かきつくればあやしうこそ ものぐるほしけれ~現代訳~孤独に身をまかせ一日中、硯と向かい合って心に浮かんでは消える他愛のない事柄もとりとめもなく 書きつけてみると妙におかしな気分になってくるかの有名な「徒然草」の冒頭です。鎌倉時代から、南北朝時代を生きた吉田兼好が40代のころに執筆した作品と言われております。1283年ころに生を受けた吉田兼好が40代に執筆したということは計算してみると1323年ころに書いたということになりますね。ちょうど、今(2022年12月現在)大河ドラマで放送されている「鎌倉殿の13人」の主人公は北条義時ですが、その子孫の北条氏の権威が少しづつ失墜し、鎌倉幕府が滅亡へと向かっている時代であり世の中の体制も安定しておらず貧困にあえぐ人々が多かった時代ともいえます。もともと、吉田兼好という名は兼好の死後、同族が改姓したもので正式な名字ではなく正式には、卜部兼好(うらべかねよし)と、呼ばれておりそして、30代前後で出家して兼好法師と名乗るようになりました卜部氏は神道界の名門であり吉田神社を預かる家の支流に生まれ、兼好は幼少期から恵まれた環境で育ったのです10代から、内大臣や当時の天皇、後二条天皇に仕え左兵衛佐(サヒョウノスケ)に昇進しますが後二条天皇が崩御した数年後に出家したという経緯です。いずれにしても、当時の社会構造では一般の方々の中には文字さえ書けなかった人も多かったと思うし上流社会の人たちも文字は書けても、文才のある人もほんの一握りであったと思うのでこのような作品が生まれ
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自分を救えるのは自分自身だけ、と前にも書きました(語弊があったからちょっと加筆)。

前ブログで書いてますけどねw人間は苦しいと、救われたい救われたいと思うものですよね。この状況を打開することは出来ないか?なにか方法は?って考えるのも、救われたいからでしょ?私も苦しいときに、宗教に頼ろうとしたことありますよ。お寺さんで話聞いてくれないかな?と先ず思ったけど、そういうお寺って近くにはなさそう。まあなー現代の寺ってそのような役割はもうしてないかもなーとも思った。仏教って、楽になれる生き方の教えみたいな哲学だったりするから。まあネット検索しても、学問と出るくらいでさ。けど、寺は無理だな。勿論、神社はそういう宗教ではないから、この場合は向かないし。そうすると教会かー。キリスト教の教会。カトリックなのかプロテスタントなのか知らないけど、一度だけ行ってみました。うんダメだねw少なくともあの神父だか牧師だかではダメだ、と思った。まあね、何かの時には本に答えや救いを求めて来たけれど。それが一番まともだもん。先人の知恵がさ?まあだから、加藤諦三さん著の「愛されなかった時どう生きるか」って本を20代後半に読みまして、あーやっぱり愛されないことってあるんだな、その場合は諦めるしかないんだなって事実として捉えることが出来ました。つまり、自分の求める「愛」というものを得られない親というのが存在するってことへの納得だね。その時点で、親からの愛をいつまでも求めることから卒業しました。人間は、それでもまだ可能性があるんじゃないかと思いたいから、親に対してのほんのちょっとの期待の欠片ね?けど、納得出来たから解決しました。別に暗ーく納得したんじゃなく、そうなんだな、無理なものは無理なんだなっていう
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