性悪の前提

性悪の前提

記事
占い


人間は、生まれながらにして悪である。


いわゆる性悪説の話。





松倉は最期まで何を見ていたのだろう、という問いでした。



問いを辿っていくと、もう一つ手前の前提が透けて見えてきます。



人は放っておけば思いのほか悪に流れることがある。

だから気概をもって締め付け罰し、何かを正当化しなければならない。



松倉の取り立てや弾圧もこの前提の上では成り立ってしまう。



キリシタンは悪として、領民は怠け誤魔化す。



悪なのだから脅して痛めつけ、とことん奪っていい。



けれどここで引っかかるのです。



悪と名付けたのは、なんなのか誰か、基準か。



立ち位置が変われば、悪の顔はするりと入れ替わります。



幕府から見た悪はキリシタンであり、領民から見た悪は松倉だったということだけ。



誰かを悪と決めた瞬間、敵はただ1つと私たちは安堵します。



悪なら容赦なく攻めていいし、悪なら無情に切り捨てていい。

救われなくても仕方がないだろう。




BASE  ブログ  51.png



現代でもこの前提は形を変えて残っています。



自分の怒りを知り、嫉妬をするたび

怠けるたびに、



「やっぱり自分は性悪なのだ」と決めつけてしまう場合がある。





けれど、怒りそのものは悪ではない。





限界を超えた場所から出てくる怒りは、悪ではなく、言葉にし尽くせない『心の声』なのではないか。





行き場を失ったエネルギーがただ、形を変えて表れてきているだけなのではないか。



少年が見ていたのは、悪人ではなかったように感じるのです。



飢えと恐怖、そして行き場のない怒り。



追い詰められた人々の全てです。



「悪」の一文字で片付けることが、彼にはできなかったのではないか。





私たちは悪なのではない。





悪と名付けられた瞬間に、刷り込まれたように悪の役を演じ始める。

BASE  ブログ  52.png





あなたが悪と決めたものは、本当に悪と呼べるのですか。



それとも、名付けを外した先に、別の顔が見えてきますか。


関連性の高いブログ
・見栄の矛先|インプラント全解除創始者|魂王DaI⭐︎|coconalaブログ
・創作像が乗っ取られる時|インプラント全解除創始者|魂王DaI⭐︎|coconalaブログ
二項対立を絶対視しない|インプラント全解除創始者|魂王DaI⭐︎|coconalaブログ

サービス数100万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す