見栄の矛先

見栄の矛先

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これまで救世主(天草四郎)を何本か綴ってきました。

流れには全て因果がありますが、これはその手前の、少年が担がれた土壌(根源)の話になります。


松倉重政、そして勝家。


島原藩主親子は、悪政の象徴として語られ、収穫のほとんどを取り立てるような重税や行き過ぎた取り立てと弾圧をし、その果てに島原の乱が起きました。


聞けば絵に描いたような暴君で悪と切り捨てることは簡単です。


けれど、彼という存在を俯瞰して眺めたとき、どうしても引っかかるものがある。



あれは人間の皮を被った悪魔だったのか?




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ただそれは違うとも感じたのです。

見えたのはもっとちっぽけで、もっと人間くさいもの。

幕府に、優秀な大名だと認められたい。

他藩より劣っていると思われたくない。

「見栄」と「保身」のために、藩の実力以上の数字を幕府へ報告した、とも言われています。

身の丈に合わない大きな城まで建ててしまった。
一度ついた嘘は、引っ込められない。

「見栄を張っていました」とひろく認めることが、何より怖い。


ならば見えぬように帳尻を合わせるしかないだろう。


そのツケは、いつも一番弱いところへ回されます。

領民への重税はこうして生まれたのではないか。

偽善を言うつもりもありません、結果はあまりにも重い。

構造として考えると大きな嘘は、最初から大きな顔をしてはやっては来ていない。

小さな見栄の顔や保身が重なるたびに、誰かの生活を少しずつ削っていき、やがて削られる側は臨界点を超え、
人々は一人の少年に、己らのすべての未来を乗せた。




現代の石高は、例えばSNSのエンゲージメント、会社の業績や売上や個人の年収肩書き。

実力以上に盛った自分を掲げて引っ込められなくなっている人は、今も少なくないはずです。

疲れているのに平気な顔をしたり、本当は苦しいのにめちゃくちゃ順調なふりをする。



その帳尻は、一体どこへ回っているんでしょう?



家族か、部下か、それとも、あなた自身の身体かや精神なのか。

自分に嘘をつくたびに、内側では小さな松倉が育っていく。

そして私たちは、自分の嘘の重さに耐えきれなくなったとき今度は誰かに救ってもらいたくなる。


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松倉と四郎を担いだ人々は、案外、同じ構造の中にいるのかもしれません。



だから松倉を悪と切り捨てて終わりにするのは違う。




あなたの石高は、あなただけが知っていればいい。
待てなかった者が数字を盛り、少年を担いだのだ。


四百年前の話ではなく、今でも当たり前のように根付いているもの。


彼は最期まで、何を見ていたのだろう。


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