ヒーローズジャーニー 〜物語の構造に学ぶ、人生の変容プロセス

ヒーローズジャーニー 〜物語の構造に学ぶ、人生の変容プロセス

記事
ライフスタイル
実はこの記事を書くきっかけには、少し思い入れのある体験があります。

コロナ禍のさなか、対面での集合型セミナーやクラスがもっとも開催しづらかった時期に、私は偶然、NLP(神経言語プログラミング)の世界的権威として知られるロバート・ディルツ、その人によるヒーローズジャーニーの詳しい解説と、それをコーチングへ応用するデモンストレーションを、質疑応答も交えたライブのウェビナーで視聴する機会を得ました。今振り返ると、対面が難しかったからこそ、世界中のどこからでも参加できるオンライン開催が実現した、という巡り合わせだったのかもしれません。あの時の記憶をたどりながら、この記事を書いています。

自分のこれまでを振り返ってみると、まるでよくできた物語のように感じられる瞬間はないでしょうか。

平穏な日常にふと訪れる小さな「呼びかけ」。迷いながらも一歩を踏み出す決断。思いがけない壁にぶつかる試練。そして、それを乗り越えた先にある、以前とは少し違う自分。

これは偶然ではありません。神話学者ジョーゼフ・キャンベルは、世界中の神話や物語を研究し、そこに共通するひとつの構造があることを発見しました。「ヒーローズジャーニー(英雄の旅)」と呼ばれるこの構造は、日常を離れた主人公が試練を経て成長し、変容した姿で元の世界に帰ってくる、という普遍的なパターンです。

余談ですが、映画監督のジョージ・ルーカスは、キャンベルの講演を聞いて感銘を受け、「スター・ウォーズ」の脚本づくりにこの構造を意識的に取り入れたことでも知られています。エンターテインメントの世界だけでなく、私たちひとりひとりの人生にも、この物語の型がそのまま当てはまるのです。

今日はこのヒーローズジャーニーを、コーチングやNLPの現場で使える実践的な変容プロセスとして再構成した、ディルツの視点からご紹介したいと思います。

ヒーローズジャーニーはもともと誰のもの?

まず整理しておくと、ヒーローズジャーニーそのものは、あくまでキャンベルが神話研究から見出した理論です。彼の著書『千の顔をもつ英雄』では、この構造がさらに細かく、出発(Departure)・通過儀礼(Initiation)・帰還(Return)という3つの幕、11の段階として整理されています。

簡単に触れておくと、第1幕「出発」では、主人公が日常世界にいるところから、冒険への誘いを受け、メンターに出会い、境界を越えるところまでが描かれます。第2幕「通過儀礼」では、数々の試練を経て仲間や助力者と出会い、最大の試練(オーディール)を乗り越えて、何らかの報酬・恩恵を手にします。そして第3幕「帰還」では、その恩恵を携えて元の世界へ戻る道のりが描かれ、途中で象徴的な「死と再生」を経験することもある、とされています。

これだけでも十分に豊かな枠組みですが、キャンベルの記述はあくまで神話・物語の分析に主眼が置かれています。ロバート・ディルツは、この神話研究の成果を「実際に自分の人生や仕事の変容に使える技法」として翻訳した人物です。段階そのものはキャンベルの流れを引き継ぎながら、それぞれの内側で心理的に何が起きているのかを、より丁寧に言語化しているのが特徴です。今日はこのディルツ版の8段階を中心にお話しします。

ディルツ版・ヒーローズジャーニーの8つの段階

1. 呼びかけを聞く(Calling)

まず訪れるのが「呼びかけ」です。これは必ずしも劇的な出来事とは限りません。転職、出産、病気からの回復、あるいはふと感じた「このままでいいのだろうか」という小さな違和感。自分のアイデンティティや人生の目的に関わる声が、内側から、あるいは外側の出来事を通して届きます。

2. 呼びかけへのコミット(Commitment)

呼びかけに気づいても、すぐに動けるとは限りません。これまでの自分の能力や世界観の「境界」に直面し、それを受け入れるか、それとも拒むか、選択を迫られる段階です。多くの物語で、主人公がしばらく迷い、一度は断ろうとするのも、この段階にあたります。

3. 境界を越える(Threshold)

決意が固まったら、いよいよ快適な領域の外へ踏み出します。ここは、もう後戻りができない地点の象徴でもあります。新しい仕事を始める、初めての土地へ引っ越す、これまで避けてきた会話に踏み出す。そういった具体的な一歩が、この境界越えにあたります。

4. 守護者を見つける(Guardians)

一人で全てを抱え込む必要はありません。メンターやサポーターとの出会いがここで訪れます。「学ぶ側の準備が整った時、教師は自然と現れる」という考え方が、この段階を象徴しています。振り返ってみると、必要なタイミングで必要な人に出会っていた、という経験がある方も多いのではないでしょうか。

5. 課題に直面する(Demon)

物語で言えば、最大の敵やモンスターと対峙する場面です。ディルツはここを、単なる外側の障害としてだけでなく、自分自身の内側にある恐れや「影」との対峙として捉えます。本当に乗り越えるべき相手は、案外、自分の中にいるのかもしれません。

ただし、ここでの目的は「打ち倒して終わり」ではありません。次の段階で、その影を変容させ、取り込んでいくための布石にすぎないのです。

6. 敵・影を変容させ、リソースとして取り込む(Transformation)

ここがディルツ版のもっとも面白いところだと個人的に感じています。単に新しい信念やスキルを身につける、という話ではなく、「敵を味方につける」——影が持っていたエネルギーそのものを変容させ、自分自身のリソースとして統合してしまう、というプロセスとして扱われるのです。

具体的な手法として、影に向けて特定の資質——たとえば「猛々しさ」「遊び心」「優しさ」といったもの——を意識的に「送り込む」ことで、その影を統合可能な形へと変容させていく、というアプローチが [1]、[2] に紹介されています。倒すべき敵としてではなく、取り込むべき力の源として影を扱う、という発想の転換です。

この「敵が変容して味方や力になる」という展開は、実は日本の昔話にもよく見られるパターンです。たとえば「桃太郎」で、鬼を退治したあとにその財宝(=鬼が持っていた力)を持ち帰る場面は、まさにこの「変容・統合」のわかりやすい一例と言えるかもしれません。

7. 課題を完了させる(Complete the task)

成長した自分を反映した、新しい「世界の見え方」が形作られます。同じ景色を見ても、以前とは違う意味が見えてくるようになります。

8. 故郷へ帰る(Return home)

最後に、変容した自分として、元いた場所やコミュニティへ戻ります。得た知識や経験を分かち合い、周囲から「変わったね」と気づいてもらえることも、この段階の大切な要素です。物語の主人公が持ち帰る「宝」は、必ずしも目に見える成果とは限らず、経験そのものであることも少なくありません。

ディルツならではの視点

ディルツはこのプロセスに、いくつかのNLP的な概念を重ねています。

たとえば、自分を取り巻く状況全体を一つの「場(フィールド)」として捉える視点。変容が起きやすい、開かれた心理状態をつくること。各段階で自分の軸に立ち返る「センタリング」。そして、メンターが一方的に教えるのではなく、相手の可能性を「保証する」という関わり方(スポンサーシップ)。

これらはどれも、単に物語を分析するための道具ではなく、実際に自分自身の変容を後押しするための、実践的な視点です。特に5番目の「悪魔(Demon)」を、外側の敵ではなく内側の影として扱う視点は、コーチングの現場でとても示唆に富んでいると感じています。目の前の課題に手を焼いている時、本当に向き合うべきは、課題そのものよりも、それに対する自分自身の恐れや思い込みだったりするからです。

このテーマについて扱った日本語のサイトをいくつか見比べてみると、ヒーローズジャーニーを純粋にキャンベルの神話理論として紹介しているサイトが多く、ディルツの名前がまったく出てこないケースも少なくありません。キャンベルという名前の方が広く知られているのはその方が「歴史」があるので当たり前ですが、ディルツの貢献は、キャンベルの発見を「実際に使える変容の技法」へと翻訳した点で見逃せません。

自分がどの段階にいるか、少し立ち止まって考えてみる

ここまで8つの段階を紹介してきましたが、実際に使う際は、難しく考える必要はありません。今の自分の状況を、ざっくりとでいいのでこの物語の型に当てはめて眺めてみるだけで、見え方が変わってくることがあります。

たとえば、こんな問いを自分に向けてみてください。

・最近、心のどこかで気になっている「呼びかけ」はないか
・その呼びかけに対して、まだ迷って踏み出せずにいることはないか
・すでに一歩踏み出したのだとしたら、今はどんな「守護者」に助けられているか
・目の前の課題は、本当は誰と、何と戦っているのか(外側の相手か、自分の内側の思い込みか)
・今の経験から得つつあるものを、いつか誰かに分かち合うとしたら、それは何か

これらの問いに、正解を出す必要はありません。ただ、自分の状況を「今、物語のどのあたりにいるのか」という視点で眺め直すだけで、目の前の出来事の意味が、少しだけ違って見えてくることがあります。

おわりに

今、何か大きな決断の前で立ち止まっている方がいたら。それはもしかすると、あなた自身の物語の「呼びかけ」の段階なのかもしれません。

そして、今まさに苦しい試練の真っ只中にいる方がいたら。それは、あなたが変容を遂げる直前の、物語で言えば一番盛り上がる場面なのかもしれません。

自分の人生を、少し引いた視点から「物語」として眺めてみる。それだけで、今いる場所の意味が、少し違って見えてくることがあります。

次回は、この8つの段階を、神話や昔話、あるいは映画やゲームの具体的な物語に当てはめながら、もう少し実例豊かにご紹介できればと思っています。

参考文献

[1] Gilligan, S., & Dilts, R. (2009). *The hero's journey: A voyage of self discovery*. Crown House Publishing.

[2] ディルツ, R., & ギリガン, S. (2023).『NLPヒーローズ・ジャーニー』(橋本敦生・浅田仁子, 訳). 春秋社.

[3] Dilts, R. (n.d.). *The hero's journey: A summary by Robert Dilts*. (web 閲覧)

[4] キャンベル, J. (2015).『千の顔をもつ英雄〔新訳版〕上』(倉田真木・斎藤静代・関根光宏, 訳). 早川書房.

[5] キャンベル, J. (2015).『千の顔をもつ英雄〔新訳版〕下』(倉田真木・斎藤静代・関根光宏, 訳). 早川書房.

[6] 佐宗邦威. (2024).『NHK 100分de名著 キャンベル「千の顔をもつ英雄」』2024年7月. NHK出版.
サービス数40万件のスキルマーケット、あなたにぴったりのサービスを探す