片想いというのは、はっきりとした形があるようでいて、実際にはとても曖昧な時間だと思う。
相手の言葉ひとつで近づいたように感じたり、逆に少し遠ざかったように思えたりする。その揺れの中で、自分だけが一生懸命に意味を探していることがある。
けれど、あとから振り返ると、その「揺れていた時間」つまり嬉しくなって距離が近づいたように思っていた時間も、そっけない雰囲気に不安になった時間も、結局は何も起きていなかったことに気づくことがある。
片想いの間は、今どこまで来ているのかを、自分ひとりで確かめ続けているようなものかもしれない。でもその一喜一憂は、あくまであなたの中だけのものであって、相手はまだそこに同じものを持っていないことも多い。
好意を伝えることは、ときに勇気がいる。ただ、相手が何も気づいていないまま、同僚としてしか見えていない状態が続いていくと、そのままでは関係が変わらないこともある。
だからどこかで気持ちを伝えることは必要になるし、それが難しいと感じるなら、気持ちを受け取りやすい空気を少しずつ作っていくこともひとつの方法になる。ただ、そのやり方が強くなりすぎると、かえって相手の気持ちが見えにくくなることもある。
相手にとっては、気づけば以前よりも自然に隣にいる時間が増えていて、その存在が少しずつ心地よいものになっていることがある。そういう空気を作っていくことが大切なのかもしれない。
だからこそ大事なのは、「一緒にいても疲れない関係」を少しずつ育てていくことだと思う。
それは「片想いで見ているだけ。自分で上がったり下がったりしているだけで実際には何も変わらない時間」ではなく「片想いを両想いに変えるために、小さな変化を生み出している時間」だからだと思います。