カリフォルニアで暮らしていると、年に2回、時計と向き合わなければならない日がやってくる。
サマータイムの始まりと終わりだ。
日本に住んでいたころは、時計の針をわざわざ動かして生活するなんて、考えたこともなかった。
ところが、こちらでは季節の変わり目になると、時計の時間まで変わってしまう。
サマータイムが終わると、日本との時差が1時間広がる。
たった1時間。
しかし、この1時間がなかなかの曲者なのだ。
日本にいる家族にLINEを送ろうとして、「あれ、日本は今何時だっけ?」と考える。
日本のラジオを聞くときも、ちょっとした事件が起きる。
私はVPNを使って、日本のラジオが聞けるアプリ「radiko」のWeb版から、FM79.5の番組を聞くことがある。
ところが、サマータイムが終わると、いつもの感覚で日本時間では朝5時からの番組を聞こうとしても、気づけばすでに朝6時のニュースに切り替わっていることがある。
「あれ? もう終わっちゃったの?」
楽しみにしていた番組は、私が時計と格闘している間に、すでに次の番組へと進んでいる。
ラジオは何も悪くない。時間も間違っていない。
どうやら、私だけが一人で時差ボケを起こしているらしい。
しかも、影響があるのはラジオだけではない。
子どもたちの登校準備や、仕事に出かける家族のお弁当作りまで、いつもの感覚が少しずつズレてくる。
海外生活では、こういう小さなズレが時々起こる。
でも、最近は思う。
こうした違和感は、ただ面倒なだけなのだろうか。
もしかすると、いつもの生活を少し違う角度から見るきっかけになるのかもしれない。
■ この記事でお話しする3つのこと
1時間の時差が、家族との連絡や朝の準備に与える小さな影響
夏と冬の日照時間が、家族の生活リズムに与える違い
日常の違和感を、自分を知るためのジャーナリングに変える方法
家事の合間や寝る前に、ちょっとひと息つきながら読んでもらえたらうれしい。カリフォルニアで暮らしていると、年に2回、時計と向き合わなければならない日がやってくる。
サマータイムの始まりと終わりだ。
日本に住んでいたころは、時計の針をわざわざ動かして生活するなんて、考えたこともなかった。
ところが、こちらでは季節の変わり目になると、時計の時間まで変わってしまう。
サマータイムが終わると、日本との時差が1時間広がる。
たった1時間。
しかし、この1時間がなかなかの曲者なのだ。
日本にいる家族にLINEを送ろうとして、「あれ、日本は今何時だっけ?」と考える。
日本のラジオを聞くときも、ちょっとした事件が起きる。
私はVPNを使って、日本のラジオが聞けるアプリ「radiko」のWeb版から、FM79.5の番組を聞くことがある。
ところが、サマータイムが終わると、いつもの感覚で日本時間では朝5時からの番組を聞こうとしても、気づけばすでに朝6時のニュースに切り替わっていることがある。
「あれ? もう終わっちゃったの?」
楽しみにしていた番組は、私が時計と格闘している間に、すでに次の番組へと進んでいる。
ラジオは何も悪くない。時間も間違っていない。
どうやら、私だけが一人で時差ボケを起こしているらしい。
しかも、影響があるのはラジオだけではない。
子どもたちの登校準備や、仕事に出かける家族のお弁当作りまで、いつもの感覚が少しずつズレてくる。
海外生活では、こういう小さなズレが時々起こる。
でも、最近は思う。
こうした違和感は、ただ面倒なだけなのだろうか。
もしかすると、いつもの生活を少し違う角度から見るきっかけになるのかもしれない。
■ この記事でお話しする3つのこと
1時間の時差が、家族との連絡や朝の準備に与える小さな影響
夏と冬の日照時間が、家族の生活リズムに与える違い
日常の違和感を、自分を知るためのジャーナリングに変える方法
家事の合間や寝る前に、ちょっとひと息つきながら読んでもらえたらうれしい。カリフォルニアで暮らしていると、年に2回、時計と向き合わなければならない日がやってくる。
サマータイムの始まりと終わりだ。
日本に住んでいたころは、時計の針をわざわざ動かして生活するなんて、考えたこともなかった。
ところが、こちらでは季節の変わり目になると、時計の時間まで変わってしまう。
サマータイムが終わると、日本との時差が1時間広がる。
たった1時間。
しかし、この1時間がなかなかの曲者なのだ。
日本にいる家族にLINEを送ろうとして、「あれ、日本は今何時だっけ?」と考える。
日本のラジオを聞くときも、ちょっとした事件が起きる。
私はVPNを使って、日本のラジオが聞けるアプリ「radiko」のWeb版から、FM79.5の番組を聞くことがある。
ところが、サマータイムが終わると、いつもの感覚で日本時間では朝5時からの番組を聞こうとしても、気づけばすでに朝6時のニュースに切り替わっていることがある。
「あれ? もう終わっちゃったの?」
楽しみにしていた番組は、私が時計と格闘している間に、すでに次の番組へと進んでいる。
ラジオは何も悪くない。時間も間違っていない。
どうやら、私だけが一人で時差ボケを起こしているらしい。
しかも、影響があるのはラジオだけではない。
子どもたちの登校準備や、仕事に出かける家族のお弁当作りまで、いつもの感覚が少しずつズレてくる。
海外生活では、こういう小さなズレが時々起こる。
でも、最近は思う。
こうした違和感は、ただ面倒なだけなのだろうか。
もしかすると、いつもの生活を少し違う角度から見るきっかけになるのかもしれない。
■ この記事でお話しする3つのこと
1時間の時差が、家族との連絡や朝の準備に与える小さな影響
夏と冬の日照時間が、家族の生活リズムに与える違い
日常の違和感を、自分を知るためのジャーナリングに変える方法
家事の合間や寝る前に、ちょっとひと息つきながら読んでもらえたらうれしい。
■ 1時間の時差は、思ったより存在感がある
カリフォルニアのサマータイムが終わると、日本との時差は16時間から17時間になる。
日本のほうが17時間進んでいる状態だ。
例えば、こちらが朝の7時なら、日本は翌日の午前0時。
こちらでは、まだ一日が始まったばかりなのに、日本ではすでに日付まで変わっている。
同じ地球に住んでいるのに、生活の時間帯がこんなにも違う。
以前は、時差をあまり意識せずに連絡していたこともあった。
しかし、時差が変わると、いつもの感覚でメッセージを送る前に一度考えるようになる。
「今、日本は何時かな?」
たったこれだけの確認なのに、少しだけ頭を使う。
そして、先ほどのラジオの話に戻る。
日本のFM79.5を聞きながら朝の家事をするのが、ちょっとした楽しみだったりする。
ところが、時差が変わると、いつもの番組を聞こうと思ったころには、すでにニュースが始まっている。
楽しみにしていた番組を聞き逃したときの、あの何とも言えない気持ち。
朝から小さな置いてけぼりをくらったような気分になる。
さらに困るのが、子どもたちの登校準備とお弁当作りだ。
頭の中では、もう登校時間になっている。
「そろそろ出発しなくちゃ!」
そう思って急いで準備を終えたら、実際にはまだ1時間もある。
早く準備ができたことを喜べばいいのに、今度は1時間の待ちぼうけ。
子どもたちも準備万端。お弁当も完成。
しかし、出発するにはまだ早い。
家族全員が、なぜか出発する気満々のまま、家で待機することになる。
反対に、「まだ時間があるから大丈夫」と余裕をぶっこいていたら、気づけばもう出勤時間。
そこからお弁当作りが始まる。
冷蔵庫を開け、食材を取り出し、フライパンを温める。
私の手だけが、突然オリンピック選手のような動きを始める。
誰も競技にエントリーしていないのに、朝から勝手にタイムアタックである。
これが数日続くこともある。
時計を見れば分かることなのに、体の感覚がなかなか切り替わらない。
頭では理解していても、長年身についた生活のリズムを直すのは、思っていた以上に難しい。
どうやら私の体内時計は、カリフォルニアの時計に転職する気がまだないらしい。
ただ、この小さな変化には良い面もある。
今まで何となく続けていた家族との連絡や、朝の準備のタイミングを見直す機会になるからだ。
時差は面倒だけれど、少しだけ生活を整えるきっかけにもなる。
■ 夏は太陽が働きすぎ、冬は子どもたちが働きすぎる
カリフォルニアのサマータイムには、もう一つ特徴がある。
夏は日が長い。
日が沈むのが午後8時を過ぎることもあり、夕方になっても外が明るい。
日本の夏も日が長いけれど、こちらでは強い日差しも加わる。
夕方になっても明るいので、時計を見なければ、まだまだ昼間のような気分になる。
「もうこんな時間なの?」と思うこともある。
外が明るいと、気持ちまで活動モードのままになってしまうのかもしれない。
気づけば体力だけが消耗していて、夜になるころにはぐったり。
太陽はまだ元気なのに、こちらの体力はすでに閉店準備に入っている。
できれば太陽にも、そろそろ残業を切り上げていただきたい。
ところが、冬になると景色が一変する。
午後4時30分ごろには、外が暗くなってしまう。
すると、今度は家の中がにぎやかになる。
子どもたちは、まだまだ元気いっぱい。
外が暗くなったからといって、子どもたちの体力まで一緒に暗くなるわけではないらしい。
むしろ、ここからが本番である。
家の中では、突然マラソン大会が始まる。
廊下を走り、部屋を回り、また戻ってくる。
一人が走れば、もう一人も走る。
誰が優勝したのかは分からない。
そもそも競技にエントリーした覚えもない。
こちらは静かに過ごしたいのに、家の中では選手たちが絶好調である。
私は審判でも監督でもないのに、なぜかコースの安全を確認する係になっている。
できれば参加費をいただきたいところだ。
夏は日が長くて体力を消耗し、冬は日が短くて家の中が騒がしい。
どちらにしても、親の体力が試されている気がする。
でも、こうした季節の違いも、住んでみなければ分からなかったことだ。
日照時間が変わるだけで、家族の過ごし方や家の中の雰囲気まで変わる。
時計の時間だけではなく、太陽の動きも私たちの生活に影響しているのだと思う。
■ 小さな違和感をジャーナリングの材料にする
私は、日常の小さな出来事を振り返ることには意味があると思っている。
大きな目標や人生の計画を書くのもいいけれど、毎日の中にある些細なことを記録するのも面白い。
例えば、サマータイムが終わった日。
時計の時間が変わっただけなのに、ラジオを聞き逃したり、朝の準備が早すぎたり遅すぎたりする。
そんな出来事を、ノートに書いてみる。
難しく考える必要はない。
次の3つの質問だけでも十分だ。
1. 今日、いつもと違うと感じたことは?
例:日本との時差が1時間変わって、楽しみにしていたラジオ番組を聞き逃した。
2. そのとき、どんな気持ちになった?
例:少し残念だった。朝の準備もいつもの感覚と合わず、落ち着かなかった。
3. 次はどうしてみたい?
例:時計の時間を確認してから朝の予定を立てる。ラジオの放送時間も確認しておく。
これだけでも、自分の考え方のクセが見えてくることがある。
例えば、私は予定が変わると落ち着かなくなるのかもしれない。
あるいは、時間を気にしすぎているのかもしれない。
反対に、予定が変わったことで、いつもよりゆっくりできる日もあるかもしれない。
書いてみると、頭の中だけで考えていたときには気づかなかったことが見つかる。
ジャーナリングは、立派な文章を書くためのものではない。
誰かに見せる必要もない。
「今日はちょっと疲れた」
「ラジオを聞き逃して残念だった」
「子どもたちが家の中で走り回っていて、静かな時間がなかった」
そんな一言でもいい。
自分の気持ちを、自分で確認する時間を作ることが大切なのだと思う。
■ まとめ:1時間のズレも、暮らしを見直すきっかけ
カリフォルニアで暮らしていると、日本にいたころには気にしなかったことに出会う。
時計の時間が変わることも、その一つだ。
最初は少し面倒に感じる。
でも、そこから家族との連絡を見直したり、朝の準備を考え直したり、家族の過ごし方を振り返ることもできる。
毎日の暮らしには、大きな出来事ばかりがあるわけではない。
むしろ、何でもない日の小さな違和感の中に、自分を知るヒントが隠れていることもある。
今日、何か予定どおりにいかなかったとしても、それだけで一日を失敗にしなくていい。
時計が1時間変わったくらいで、私たちの人生まで1時間分ズレてしまうわけではないのだから。
今日のジャーナリングの質問
「最近、いつもと違うと感じた小さな出来事は何ですか?」
そして、もう一つ。
「その出来事を、別の角度から見たらどう感じるでしょうか?」
答えがすぐに出なくても大丈夫。
明日の自分に、考える時間を少し残しておこう。
時計の針は進んでいくけれど、考える速さまで急がなくてもいいのだから。