僕は7年間、アパレルの販売員として働いていました。服が好きで、高い服もたくさん買ってきました。それがいまは、下着から靴、バッグまで含めて20着で暮らしています。
服を減らすとき、一番迷うのは高かった服だと思う人が多いかもしれません。僕もそう思っていました。実際、高い服を手放すときは迷いました。でも振り返ってみると、一番手放せなかったのは、高い服ではありませんでした。
値段がつかない服ほど、手放せなかった
一番手放せなかったのは、アメリカの古着たちでした。1着2万円もしない服ばかりです。高い服なら、売ればそれなりの値段がつきます。でも古着は、売ってもほとんど値がつかない。だからこそ「どうせ儲からないなら、まだ持っておこう」と、何度もクローゼットに戻していました。
いま思えば、そこで迷っていたのは「着るかどうか」ではありませんでした。「損をしたくない」という気持ちだったんです。着るかどうかで考えれば、答えはとっくに出ていました。それ以来、もったいないと感じたら、それが手放すサインだと思うようにしています。
手放した服の行き先と、その後
結局、売れるものは売り、残りは以前からその服を褒めてくれていた人に譲りました。クローゼットで眠らせておくより、気に入ってくれる人に着てもらえるほうがいい。そう思えたら、手放すことが少し楽になりました。
手放したあとで後悔したことは、不思議とありません。手放す過程で、自分の基準が更新されていたからだと思います。今の基準で選び直したら、もうあの服たちは入ってこない。だから、ないことに困らないんです。
半年前、一度に多くを手放して、持ち物は30個くらいになりました。そこから少しずつ減って、いまは20個です。減らせば減らすほど、気分は軽くなるし、手入れも楽になります。そして何より、一つひとつに愛着が湧いてきます。どの服も、相棒みたいな存在になりました。
迷ったら、着るかどうかだけで考える
服を減らせないのは、意志が弱いからではないと思います。損をしたくない、いつか着るかもしれない。そう感じるのは自然なことです。ただ、迷っている理由が「着るかどうか」ではなく、別のところにあるだけかもしれません。
だから、手放すか迷う服があったら、一度だけ「この服を、いまの自分は着るだろうか」と考えてみてください。損得や思い出から離れて、着るかどうかだけで見てみると、答えは意外とはっきりしています。
それに、本当に必要になったら、また買えばいいんです。僕は、世の中そのものを大きなクローゼットだと思っています。いま手元にあることと、必要なときに手に入れられることは、ほとんど同じです。そう考えると、持っておかなければという気持ちは、少しずつほどけていきます。
減らすこと自体が目的ではありません。減らした先で、残った服に愛着が湧き、毎朝選ぶ時間が減り、その分を服以外のことに使えるようになる。僕にとってのミニマリズムは、そういうものです。
メンズのクローゼット整理のサービスをしています。手放すかどうか迷っている服があれば、一緒に理由から考えます。