元気だった子どもが、突然学校に行けなくなってしまった。
いじめられているなら、学校なんて休めばいい。
無理に行かせる必要はありません。
でも、明確な理由が見当たらない。
病院に連れて行っても原因が分からず、「まずは休養させてください」と言われる。
親としては、どうしていいか分からなくなりますよね。
何かしてあげたい。
でも、何をすればいいのか分からない。
これまで一生懸命に子育てをしてきた方ほど、「なぜ、うちの子が?」と思うかもしれません。
そんなとき、ひとつの視点をご紹介したいと思います。
## 子どもは、親に何を伝えているのだろう?
『子は親を救うために「心の病」になる』
精神科医の高橋和巳氏による著書です。
このタイトルを初めて目にしたとき、どんなことを感じるでしょうか。
子どもを救うのは親。
普通はそう考えますよね。
ところが、この本のタイトルは、その関係を反対にしています。
もちろん、不登校になった原因が親にある、という意味ではありません。子どもが学校に行けなくなる背景は、一人ひとり違います。
ただ、子どもの問題を何とか解決しようとするだけでなく、親自身の生き方を見つめ直すきっかけにできるのではないでしょうか。
子どもを変えようとする前に、自分自身にも目を向けてみる。
そんな視点です。
## あなたは、何を見ていますか?
少し、簡単な遊びをしてみましょう。
目を閉じて、部屋の中にある赤いものを、できるだけ思い出してみてください。
数え終わったら、目を開けて部屋を見回します。
どうでしょう。
思っていた以上に、赤いものが見つかるかもしれません。
そこにあったものが、急に増えたわけではありません。
ただ、意識を向けたことで、それまで気づかなかったものが見えるようになったのです。
私たちは、目の前にあるものをすべて同じように認識しているわけではありません。
何に意識を向けるかによって、世界の見え方は変わります。
苫米地理論では、私たちの認識に関わる心の世界を「内部表現」という概念で捉えます。
たとえば、毎日がつらいと感じているときには、目の前にある問題ばかりが気になるかもしれません。
反対に、今あるものや、すでに持っているものにも目を向けてみると、同じ一日の中に違う側面が見えてくることがあります。
## 子どもを変える前に、自分の世界を見つめ直す
子どもが学校に行けない。
その事実を前にすると、親の意識はどうしても子どもに向かいます。
どうすれば学校に行けるのか。
何をしてあげればいいのか。
いつになったら元に戻るのか。
けれど、子どものことを考え続けるあまり、自分自身のことを後回しにしてはいないでしょうか。
自分の楽しみを我慢する。
失敗しないように頑張り続ける。
周囲の期待に応えようとする。
そんな生き方が当たり前になっていませんか?
もし心当たりがあるなら、少し立ち止まってみてもいいのかもしれません。
あなたが自分の人生を楽しむことと、子どもを大切にすることは、必ずしも相反するものではありません。
親が自分自身の人生を取り戻すことは、子どもを見捨てることでもありません。
むしろ、子どものことだけでいっぱいになっていた毎日に、自分自身のための余白をつくることでもあります。
## あなた自身の人生も、大切に
今あるものに感謝してみる。
自分が本当は何を望んでいるのか、考えてみる。
ずっと我慢してきたことに、少しだけ目を向けてみる。
大きなことを始めなくてもかまいません。
まずは、自分自身の気持ちを置き去りにしないこと。
子どもが学校に行けるようになるかどうかと、自分がどんな人生を生きたいか。
この二つを、いったん切り離して考えてみてもいいのです。
子どもの未来を信じながら、自分の未来もあきらめない。
**あなたは、どんな人生を生きたいですか?**
子どものために頑張ってきた自分にも、少しだけ目を向けてみませんか。