世の中には天才ばかり?

世の中には天才ばかり?

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頑張り方が違う?

 学習塾で勤務していた時に、子どもの成績が下がると、大人(塾も保護者も)は焦って「もっと解説してもらわないと!」「もっと指導時間を増やさないと!」と考えがちです。でも実は、ここに大きな盲点があります。授業とは、子供たちを指導して教えるインプットの作業になります。

ところが、人間の脳には短期間のインプットに限界があります。一度にたくさんのことを詰め込まれて、すべてをその場で理解してこなせるのは、一部の天才だけで、普通は授業(インプット)ばかりを増やすと、子どもの脳はパンクしてしまいます。誤解しないでいただきたいのは、これは誰も悪くないということです。保護者様も、お子様も、塾の先生も、みんな「良くなってほしい」と必死に頑張っています。ただ、ほんの少し「頑張る方向性(バランス)」を修正する必要があるだけなのです。

 勉強は少しずつ進めて何度も繰り返してようやく定着する、というのが当たり前のプロセスです。例えば小学校の算数の教科書を見てください。小学1年生1学期の半ばに足し算と引き算を習います。そして、大きな数を習った後、2学期の半ばに10以上の足し算・引き算を習い、また別の単元を学習します。2年生に今度は足し算・引き算の筆算を習います。同じ単元を何度も行ったり来たりしながら少しずつ学んでいくのです。

一度に全部やった方が効率的だというのは大人の理屈で、子供の脳はそこに追い付きません。新しく学ぶ内容であれば尚更、当たり前です。ましてや算数・数学、国語、英語のように積み重ねが必要な科目では、積み残しがあれば次に進めることさえ難しくなります。一度にたくさんのことを詰め込まず、教えてもらったことを一つひとつ順番に身につけていくしかありません。


勉強で「わかる」≠「できる」の錯覚

 よく「わかるとできるは違う」という話があります。これは全くその通りで、例えばスポーツや料理で教えてもらったことを「理解」しても、普通は「できる」ようになるまで練習を重ねます。これについては、誰でも感覚的に「それはそうだ」と頷くはずです。聞いたことをすぐに再現できるレベルの人なんて、世の中そう多くはいません。

ところが勉強に関しては勘違いしてしまう人が非常に多いようで、大人も子供も授業や解説を聞いて「わかった」時点で、「できる」と錯覚してしまう…

ちょっと待て、みんな天才か??

目的は「理解」することではなく「できる」ようになること、だったはずです。それなのに、いつの間にか目的がすり替わってしまうのには、理由があります。

勉強に限らずですが、教えることは第三者(他人)の力を借りることはできますが、その先の練習は自分で考えるしかないのです。しかも、スポーツや料理のように外から練習しているとわかる動きではなく、自分の中で「考える」という形になるため、他人から頑張っているのかそうでないのか判断が付きにくくなっているのです。

その上、自分の中で完結するので、いくらでもごまかしが利く(考えていなくても「考えている」と言ってしまえばそれですんでしまう)から、少しずつ練習の意識がうすくなり、結果として理解することで満足してしまいます。

 必要なのは圧倒的にアウトプット(練習)です。「僕は頭悪いから、勉強なんてできないや」という子を何人も見てきました。小・中学校の勉強は頭の良し・悪しの差ではありません。やっているかやっていないかの違いです。毎日のほんの少しの差が、9年間も経てばそれは大きな差にもなりますよね。

新しいことや難しい問題はほんの少し(1日1~2個)程度に抑えて、あとは思い出す時間、正しく解く練習の時間に充ててみてください。わかっていたはずの問題、覚えたはずの語句も、自力で解き直すとすぐに思い出せないことも非常に多いものです。わかっていること、理解している問題を落とさず確実に正解することが点数アップの近道です。

文/林 恭平(学習支援空間 そこすた 管理人)

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