失恋の痛みは、恋が終わったからだけじゃない。「私は受け入れられている」と気づいた日

失恋の痛みは、恋が終わったからだけじゃない。「私は受け入れられている」と気づいた日

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失恋って、なんだろう。

恋が終わること。
好きな人と離れること。
選んでもらえなかったこと。

もちろん、そういうことなのだと思います。

でも、あるとき私は、失恋の痛みのもっと奥には、
「私は、受け入れてもらえなかった」
という痛みがあるのかもしれない、と思いました。

もちろん、すべての失恋がそうだというわけではありません。

でも、失恋したときに感じる苦しさが、目の前の恋だけから生まれていると思えないことがあります。

昔の恋でも、もっと前の人間関係でも、あるいは、幼いころに感じた寂しさでも。

「私は愛されなかった」
「私は選ばれなかった」
「私は大切にされなかった」

そんな記憶と、今の失恋が重なって、痛みが大きくなっていることがあるのではないでしょうか。

同じような恋を、繰り返してしまうとき

何度も失恋をする。
いつも似たようなところで傷つく。
「どうして私は、またこうなったんだろう」
そんなふうに思うことがあります。

私はそこに、自分でも気づいていない「慣れ」のようなものがあるのかもしれないと思うようになりました。

人は、幸せだけではなく、
慣れ親しんだ痛みにも引き寄せられてしまうことがある。

もちろん、これは「自分で失恋を選んでいる」という単純な話ではありません。

でも、知らない幸せよりも、知っている痛みのほうが、
なぜか安心してしまうことがある。

「またこの感じだ」
という場所に戻ってきてしまう。

そんなことがあるのかもしれません。

もしそうだとしたら、そこから抜け出すために必要なのは、
「今度こそ失敗しない恋をする」
ということだけではないのかもしれません。

むしろ、

「私は、もう変わっていい」

と、自分自身に許してあげることなのではないでしょうか。

「傷」と「痛み」は、少し違う

私はここで、
「傷」と「痛み」を分けて考えてみました。

傷は、目に見えるものです。
身体にできた傷なら、時間が経つにつれて少しずつ治っていきます。

でも、心の傷は目に見えません。
そして、ときどき、傷そのものよりも、記憶によって呼び起こされる痛みに苦しんでいることがあります。

昔のことなのに、思い出すだけで胸が苦しくなる。

もう終わったことなのに、同じような場面になると、また怖くなる。

それは、過去が今も起きているということではなく、過去の記憶が、今の自分の中で痛みとして反応することがあるということなのだと思います。

だから私は、「傷を消さなければ」と思うより、「この記憶との関係を、少しずつ変えていこう」と考えるようになりました。

記憶を「修繕」する

「記憶を修繕する」
そんな言葉が、ふと浮かびました。

少し変な言葉ですよね。

過去に起きたことを、なかったことにするわけではありません。
リセットするわけでもありません。
ただ、その記憶を、今の自分がもう一度見つめ直してみる。

「あのとき私は、受け入れてもらえなかった」と思っていた記憶に、
「でも、今の私は、あのときの私とは違う」と、新しい言葉を添えてあげる。
「あの恋が終わったから、私は価値がない」ではなく、
「恋が終わっても、私の価値まで終わったわけじゃない」と気づく。

そうやって、記憶の意味を少しずつ変えていく。
私にとって、それが「記憶を修繕する」というイメージでした。

大切なのは「生きている」ということ

過去の記憶をどうにかしようとすると、どうしても私たちは過去を見続けてしまいます。

「あのとき、どうして?」
「もっとこうしていたら?」
「彼がこうしてくれていたら?」

でも、過去には戻れません。

私たちがいるのは、いつだって「今」です。

そして、今の自分には、生きている力があります。
傷ついたあとも、
朝が来れば目を覚ます。
ご飯を食べる。
誰かと話す。
笑う日もある。
泣く日もある。
また誰かを好きになることもある。

そうやって、私たちは生きています。

私は、生きる力というのは「もう一度、生きてみよう」とする意思なのかもしれないと思いました。

私は、受け入れられている

そして、もう一つ。
私がこのことを考えていて、最後にたどり着いたのが、
「私は、生かされている」という感覚でした。

自分がここにいる。
今日も生きている。
それだけでも、「私は、この世界の中にいていい」
ということなのではないか。
そう考えてみたのです。

誰か一人に選ばれなかったからといって、
世界から拒絶されたわけではありません。
ひとつの恋が終わったからといって、
自分の人生まで終わったわけでもありません。
あの人に受け入れてもらえなかったとしても、
私は、私自身に受け入れてもらえる。
そして、
「私はここにいていい」
と思える場所を、自分の中につくっていくことができる。

そう思えたとき、失恋の記憶が少し違って見えてきました。

失恋の痛みが、怖くなくなる日

失恋の記憶は、無理に消さなくてもいいのかもしれません。

「あんなに好きだった」
「本当に苦しかった」
「受け入れてもらえなくて悲しかった」

その記憶があってもいい。

ただ、その記憶を抱えている「今の私」が、
「私は、ここにいていい」
と思えるようになったら。
過去の痛みが、少しずつ「過去のもの」になっていくのかもしれません。

失恋した自分を責めるのではなく、あのときの自分を、
今の自分が迎えに行く。
「大丈夫だよ」と声をかけてあげる。

「あなたは、受け入れてもらえなかったから価値がないんじゃない」
「私は、ちゃんとここにいるよ」と。

私は、本当はどうしたい?

恋をすると、どうしても相手を見つめてしまいます。
彼はどう思っているんだろう。
なぜ離れていったんだろう。
もう一度戻ってきてくれないかな。

でも、ときどき。
相手ではなく、自分のほうを見てあげてもいい。

「私は、今どう感じているんだろう?」
「私は、何を怖がっているんだろう?」

そして、

「私は、本当はどうしたいんだろう?」

失恋から立ち直るというのは、
「彼を忘れること」だけではないのかもしれません。

もう一度、
自分自身のところへ帰ってくること。
私は、そんなふうにも思っています。

恋が終わったあとも、あなたの人生は続いていきます。

そして、その人生の中には、まだ知らないあなた自身がいる。

だから、急がなくても大丈夫。
過去の記憶を無理に消そうとしなくても大丈夫。

少しずつ、その記憶を抱えている自分に、
「私は、ここにいていい」
と伝えてあげる。

そこから、新しい一歩が始まるのかもしれません。

🌙

恋の答えを探しているうちに、
自分の心を置いていかないでください。

macadamoon
砕石月 



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