朝ドラ「ブラッサム」のトト様を見て考えた、人生の幸せと家族の愛

朝ドラ「ブラッサム」のトト様を見て考えた、人生の幸せと家族の愛

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コラム
こんにちは。紀真(きま)です。

今日は10月10日、土曜日。

土曜の朝のお決まりになっている、NHKの朝ドラ『ブラッサム』の一週間分の放送を、家族と一緒に見ました。

今週最後の放送では、主人公・珠のトト様が亡くなってしまいました。

義理人情に弱い紀真としては、涙がウルウルする場面がいくつもありました。

我が家では、涙もろい私のことを、家族が昔から「お父さん、お浸しになっている!」と言って、からかいます。

そんな私を見て、また笑っているわけです。

実は、紀真はどちらかというと、ドラマのトト様に似たタイプなのです。

しかも、私の実際の娘の名前も「珠」。

これでは、涙が出てきても仕方がありませんよね。

【トト様は、本当に傍若無人な人なのか?】

さて、話は少し変わります。

ドラマが放映され、物語の初めに、トト様が実の弟に、実家の店の家督を譲る場面がありました。

トト様の言い方には、少々問題があったのかもしれません。

しかし、その根底には、障害のある弟の将来を心配する気持ちがあったように思います。

その代わりに、弟には決まった金額を定期的に渡すよう約束させます。

ところが、家督を譲ってもらった弟は、兄に対して「いつまでごくつぶしでいる」と言い、お金を渡すことを渋るようになります。

でも、店で実際に働いているのは、弟だけではなく従業員たちです。

兄のトト様が家督を譲っていなかったら、いったい誰が「ごくつぶし」と呼ばれていたのでしょうか。

もちろん、これはドラマの中の話です。

それでも、立場が変われば、人の評価も変わるのだと考えさせられました。

トト様は、自分の思うままに生きる人です。そのため、世間からは「傍若無人」と評されます。

けれども、人の一面だけを見て、その人のすべてを判断してよいのでしょうか。

【娘の愛が、父親を正気に戻した】

病気が悪化したトト様は、死の直前、錯乱して出刃包丁を振り回します。

必死に止めようとする娘の珠。

その珠を見て、トト様は「あぁー、珠か?!」と言い、力なく娘の胸に倒れ込みます。

私はその場面を見ながら、トト様を正気に戻したのは、やはり家族の愛だったのだと思いました。

そして、ドラマのトト様と自分の姿が重なりました。

私にとっても、娘の存在は特別なものです。

ドラマの中の珠と、私の娘の珠。

二人の姿が重なったとき、忘れていた記憶が走馬灯のようによみがえってきました。

どんなに駄目な父親であっても、娘の珠は、いつでも、どんなときでも「お父さん、お父さん」と言って慕ってくれます。

それなのに、父親である紀真は、そのときの気分や精神状態によって、愛する子供を傷つけてしまうことがあります。ときには心を傷つけ、ときには・・・。

それでも、子供は「お父さん、お父さん」と言って、親を慕ってくれます。

【人生の幸せとは何だろう】

放送を見終わった後、妻とこんな話をしました。

「何が人生の幸せかなんて、わからないよね」

世間からどのように評価されるか。

お金や地位を持っているか。

そうしたことだけでは、人の人生の幸せは決められないのかもしれません。

傍若無人だと言われる人にも、その人なりの思いや愛情がある。

人生の途中では失敗に思えたことが、後になって違う意味を持つこともある。

私自身、これまでの人生を振り返ると、そう感じることがあります。

皆さんにとって、人生の幸せとは何でしょうか。
そんなことを考えた、土曜の朝でした。

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