新聞記者として仕事をしていた頃、私はさまざまな事件や事故の現場へ取材に行きました。
その中には、長い年月が経った今でも、なぜか忘れることのできない事故があります。
平成14年(2002年)5月、ゴールデンウィークの頃。
北海道を通る、とある国道で、大きな交通事故がありました。
私は新聞記者として、その事故現場へ向かいました。
事故の詳しい内容については、関係される方もおられると思いますので、ここでは詳しく触れません。
ただ、その事故では、幼い子どもたちを残して、ご両親が亡くなりました。
現場で取材をしていた私は、記者として事故の状況を確認し、記事をまとめるという仕事をしていました。
しかし、取材を終えた後、私は亡くなったご夫婦に対して、何かをしてあげたいという気持ちになりました。
私も同じ幼い子たちを持つ親。
子どもを残してあちらの世界に行くことはどんな思いか。
そこで、私は花を供えることにしました。
実は、それまで自分で花を買い、亡くなった方に供えるという経験はありませんでした。
「きれいな花束を買って持っていけばいいだろう」
そのくらいに考えて、花屋へ向かいました。
ところが、そこで少し不思議なことがありました。
私は花屋の店員さんに、ただ、
「花束を○○円で作ってください」
と伝えただけでした。
事故のことも、亡くなった方に供えることも話していません。
ところが、その女性店員さんから、
「お墓に上げるのですか? それなら白い菊にしましょう」
と言われたのです。
私は、
「何にも言っていないのにな?」
と思いました。
もちろん、これだけなら偶然のことだったのかもしれません。
私はその花束を持って、事故現場へ向かいました。
そして、道路脇に花を置き、静かに手を合わせました。
そのときは、それで終わったと思っていました。
ところが――。
本当に不思議だったのは、その数日後のことでした。
当時、私が使っていた携帯電話に、あるメッセージが残っていたのです。
時間にして、わずか10秒ほど。
聞こえてきたのは、低い声でした。
男性なのか、女性なのかも分からない。
私には、
「ウォウオ、ウォウオ……」
としか聞き取れませんでした。
最初に聞いたときは、正直、気持ちの悪いものでした。
普通なら、すぐに消してしまってもおかしくないようなメッセージです。
ところが、私はなぜか、そのメッセージを消すことができませんでした。
そして、落ち着いてから、そのメッセージに記録されていた「ある時間」を確認したのです。
すると、私はさらに不思議に感じることになりました。
その時間、私は携帯電話への着信を待っていたはずなのです。
しかも、その時間については、私はかなりはっきりと記憶していました。
なぜなら、そのとき私は、新聞記事の締め切りを目前にして、別の取材先からの電話を待っていたからです。
では、なぜその携帯電話に、そのメッセージが残っていたのでしょうか。
そして、その声を何度か聞いているうちに、私には最初とは違うように聞こえてきました。
それは――。
「ありがとう」
と聞こえるようになったのです。
私は、そのとき一つの解釈をしました。
「あの交通事故のお父さんが、お礼の電話をくれたのではないか」
もちろん、それを証明することはできません。
証拠もありません。
あくまでも、そのときの私自身の受け止め方です。
だからこそ、私は一人で判断せず、家族にもそのメッセージを聞いてもらいました。
その後、私はそのメッセージをどうしたのか。
家族は、その声を聞いて何と言ったのか。
そして、この出来事から長い年月が経った今、私自身はこの不思議な体験をどう受け止めているのか。
その詳しい出来事については、今回、デジタルコンテンツの記事としてまとめました。
これは、怪談として「信じてください」とお伝えするための記事ではありません。
私自身が新聞記者として実際に経験した出来事を、記憶に残っている範囲で、そのままお伝えするものです。
それが何だったのか。
偶然だったのか。
それとも、何か別の意味があったのか。
その判断は、読んでくださった方に委ねたいと思います。
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「新聞記者だった私が体験した、不思議な電話――交通事故の取材後に残された『ありがとう』の声」
として、コンテンツマーケットの記事にまとめています。
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