前回は、昭和を駆け抜けてきたあなたへ、最初の言葉をお届けしました。
今日は、その続きのお話です。
「頑張りすぎ」は、自分では、なかなか気づきにくいものです。
それが当たり前になってしまうと、頑張っていることさえ、意識しなくなってしまうからです。
毎日の「いつものこと」の中に、たくさんの頑張りが、静かに紛れています。
頑張りすぎは、真面目さの裏返しです
手を抜くことができない。
誰かに頼るのが苦手。
弱いところを、見せられない。
……そうした性質は、決して欠点ではありません。
それだけ真面目に、誠実に生きてきた証です。
ただ、その真面目さが、いつのまにか、ご自分を追い詰める刃になってしまうこともあります。
真面目さを手放す必要は、ないと思います。
その刃先を、少しだけ自分から外してあげる。
それくらいで、いいのだと、わたしは思います。
「頑張らない」を選ぶのにも、勇気がいります
頑張ることに慣れた心にとって、「今日は頑張らない」と選ぶのは、思っている以上に難しいものです。
手を止めると、落ち着かない。
誰かに悪いような気がしてくる。
……罪悪感が、湧いてくるかもしれません。
けれどそれは、怠けている証拠ではなく、長いあいだ頑張る側に立ち続けてきたからこそ湧いてくる感覚なのだと思います。
頑張らない一日を選ぶことも、立派な選択のひとつです。
頑張りに、最初に気づくのはあなたです
これまで、誰かに認めてもらうために頑張ってきた部分も、あったかもしれません。
けれど、あなたの頑張りは、誰かに評価されなくても、すでに十分に価値のあるものです。
走っているあいだは、自分の頑張りは見えにくいものです。
少し手を止めたときに、ようやく気づける。
だから、まずはあなた自身が、その頑張りに気づいてあげてください。
今日、ひとつだけ手放してみませんか
すべてを一度に変える必要は、ありません。
今日、家事をひとつだけ、手を抜いてみる。
今日、誰かの誘いをひとつだけ、断ってみる。
その小さなひとつが、頑張りすぎから少しずつ抜け出す、最初の一歩になるかもしれません。
どれを手放すかは、あなたが決めてかまいません。
次回は、これからは自分のために生きてもいい、というテーマでお話しします。
もし、ご自分の頑張りを一緒にゆっくり見つめてみたいと思われましたら、いつでもお声がけください。
Le Clair(ルクレ)より