正論がつらい日がある

正論がつらい日がある

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コラム
「やらなきゃいけないことは分かっている。」

そんなふうに思いながら、なかなか動けなかったことはありませんか。

私にはあります。

勉強や仕事。

本当は早く取りかかった方がいいことも、自分が一番よく分かっています。

だからこそ、動けない自分が嫌になってしまうこともありました。

「自分が悪いんだ。」

「もっと頑張らないと。」

そう思えば思うほど、心は苦しくなっていきます。

そんなときに正論を言われると、「その通りだな」と頭では理解できます。

でも、心はついていきません。

無理に真正面から向き合おうとすると、心が壊れてしまいそうになる。

そんな感覚でした。

正論は、決して間違いではありません。

むしろ、一つの解決策なのだと思います。

でも、その解決策を受け取れるかどうかは、その人の心の状態によって変わるのではないでしょうか。

疲れ切っているとき。

余裕がなくなっているとき。

そんなときは、正しい言葉よりも、まず気持ちを受け止めてもらえることの方が大切な場合もあります。

だから私は、誰かが疲れていると感じたとき、すぐにアドバイスをすることはありません。

まずは、

「そうなんだね。」

「つらいんだね。」

そんな言葉から始めたいと思っています。

「頑張って」という言葉も同じです。

その言葉に励まされることもあります。

「応援してくれているんだな。」

「期待してくれているんだな。」

そう感じて、力が湧いてくる日もあります。

でも、疲れているときには、その言葉が自分を追い詰めてしまうこともありました。

「頑張らなきゃ。」

「期待に応えなきゃ。」

気付けば、自分のためではなく、誰かをがっかりさせないために頑張ろうとしていたのです。

だから私は、もし誰かから

「もう無理。」

という言葉を聞いたら、最初にこう伝えたいと思っています。

「もう無理って思うくらい頑張ってきたんだね。」

「話してくれてありがとう。」

「何かあったのかな。」

その人が少し落ち着いてから、一緒にこれからのことを考えればいい。

私はそう思っています。

疲れているとき、弱っているときに、無理に正解を決めなくてもいい。

正論を受け止められない日があってもいい。

今は動けなくても、前を向ける瞬間はきっとまた来ます。

今できないからといって、あなたに力がないわけではありません。

少し肩の力を抜いて、自分の心も大切にしてあげてください。
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