恋愛の気配を、どこまで信じていいのか。清め終えたカードを箱に戻していたとき、一枚だけ、角がほかより少し浮いていました。抜き出してみると聖杯のペイジで、杯のふちから小さな魚が顔をのぞかせています。こんばんは、月詠ソラです。聖杯のスートに戻ってくるのは、74弾の「聖杯のナイト」以来。数えてみると、聖杯はこの一枚で10枚目になります。
もしあなたが、
・身近な人の優しさが、ただの親切なのか、それ以上の気持ちなのか、判断がつかずにいる
・はっきりした相手はいないけれど、最近どこかで誰かに気にかけられている気がしてならない
・「聖杯のペイジ=告白や好意のサイン」と読んで、うれしい反面、本当にそうなのか確かめたくなっている
・相手の気持ちを占ったらこのカードが出て、あの人の中に何があるのか、もう少し知りたい
どれかひとつでも思い当たるなら、今夜はこの小さな杯を、一緒に覗きこんでみませんか。
■ 杯から魚が顔を出すこの絵は、恋愛占いで「好意を持たれているサイン」と読まれてきました
絵の中の若者は、青い帽子から長い布を肩まで垂らし、花模様の散った青い上着に、桃色のふくらんだ袖とタイツを合わせています。右手の金色の杯を体から少し離して持ち、左手は腰にあてたまま。杯のふちからは小さな魚が一匹、頭を出していて、若者はその魚を見ながら、口もとにかすかな笑みを浮かべています。背後では青い波がゆるやかにうねり、足もとは黄土色の地面です。
杯を差し出す若者という構図と、聖杯のスートが気持ちを表すことが重なって、恋愛占いでは「誰かから好かれている」「近いうちに告白される」と、相手の好意がすでに固まった合図として語られることがあります。
■ 魚はまだ、誰にも手渡されていません
もう一度、若者の視線をたどってみます。彼が見ているのは杯の中の魚で、杯の向こうにいるはずの誰かではありません。差し出しているとも取れる右手は、よく見ると、魚を眺めるために持ち上げているだけにも見えます。
杯の中から思いがけず何かが顔を出して、持っている本人が、それを少し不思議そうに眺めている。聖杯のペイジが描いているのは、そういう場面なのだと思います。気持ちが芽生えていること自体はあっても、それはまだ言葉になる前で、誰かに渡すつもりがあるのかどうか、本人にもまだ分かっていないのかもしれません。
告白の約束ではなく、差し出されかけているだけの気持ち。受け取る側がまだ気づいていないかもしれない、ささやかな気配。この一枚からそれ以上を読み取るのは、少し先走りになりそうです。
■ 杯のまわりに浮かぶ色
このカードで色を視ていくのは、杯の中の魚と、それを見つめる若者の横顔です。魚の色はその気持ちの濃さを、横顔の色は気持ちがどこまで外にこぼれているかを映すものとして読んでいます。
魚に視える、水縹(みずはなだ)
藍で染める縹色を、ぐっと淡くした青です。藍甕にほんの少し浸しただけの布は、この色で引き上げられるそうです。水面を覗いたほどの甕覗よりは、ひと浸し分だけ深い。相手の側の杯にこの色が視えるときは、あなたを気にかける気持ちが水面まで浮かんできてはいるけれど、染まりきるほどの濃さにはまだなっていない、そういう段階にあるのかもしれません。
薄いことは、無いことと同じではありません。ただ、この先さらに浸されて深まっていくのかどうかまでは、この一枚だけではまだ視えてこないようです。
横顔に視える、鴇色(ときいろ)
朱鷺という鳥の、翼の内側に差している淡い桃色です。とまっているあいだはほとんど見えず、翼を広げたときにだけふっと現れる色だといわれています。若者の笑みにこの色が重なるときは、相手の好意が普段はしまわれていて、気を抜いた瞬間にだけこぼれ出ているのかもしれません。ほかの人には向けない小さな気づかいを、あなたが「気配」として受け取っているのだとしたら、この色なのかなと思います。広げた一瞬にしか見えない色なので、本人がそれに気づいていないこともありそうです。
■「好かれている気がする」夜に、この若者を誰と重ねるか
62弾の剣のペイジは、剣を構えたまま、首だけを後ろへ振り返っていました。聖杯のペイジは振り返りません。目を向けているのは、自分の手の中の杯です。同じペイジでも、こちらは外へ向かう前の、内側で起きている小さな出来事を描いた一枚なのだと思います。
誰かに想われている気がしてこのカードを引いたときは、若者を、あなたに気持ちを向けているかもしれない相手に重ねて読んでいきます。杯の中の魚がその人の関心で、口もとの笑みは、本人がそれに気づき始めたところ。ただ、さきほど視線をたどったとおり、若者の目は魚に向いたままです。気持ちはあっても、それをあなたへ渡すかどうかは、本人の中でもまだ決まっていない。そう読むのが、この絵には合っている気がします。
心当たりの相手がいないまま引いた場合も、読み方の筋は同じです。ただ、若者の顔は描かれていても、それが身近な誰なのかまでは、この一枚からは分かりません。誰の杯なのか、その関心がいまどのくらいの濃さなのかは、ほかのカードと並べてはじめて輪郭が見えてくるところです。
「自意識過剰かもしれない」と思いながらこの記事を開いた方も、それで大丈夫です。あなたに向けられている想いがあるのかどうかを色から視ていく鑑定を、記事の終わりにご紹介しています。
■ 今夜のあなたへ
若者は、魚を急かしていません。杯を傾けて外へ出そうともせず、顔を出したところを、少し笑って眺めているだけです。
聖杯のペイジ(カップのペイジ)は、好意を約束してくれるカードではなさそうです。それでも、あなたが感じ取った気配を思い違いだと決めつけているわけでもありません。水縹が深まっていくのか、鴇色がもう一度ひらくのか。それを急いで確かめようとするより、受け取った小さな温度を、うれしかったぶんだけそのまま覚えておく。いまはそのくらいの持ち方のほうが、心が軽くいられるのかもしれません。
聖杯で残っているのは、エース・3・7・キングの4枚になりました。どれを先に開くかは、もうしばらく箱の中で眠らせておきます。
━━━ 杯のふちの、小さな気配 ━━━
「この気配は、本当にわたしに向いているのだろうか」。
誰かに想われているのかどうかは、自分の側からいちばん見えにくいもののひとつです。
鑑定メニュー「誰かに想われているか、その気配を色で視ます」では、あなたに向けられている想いがあるかどうか、あるならその色と濃さを、カードで視てお伝えしています。心当たりの相手がいる方にはその方との間を、思い当たる人がいない方にはまだ名前のない気配のほうを視ていきます。鑑定書は1,500字以上、お届けは1日を目安にしています。
杯の中の小さな魚が、いつかあなたの目にも映りますように。気配の色が変わったと感じたら、またその話を聞かせてくださいね。
月詠ソラ