なぜ今も人の話を聞いているのか ~何度逃げても海に呼び戻された~

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序章|おばあは、ユタになりたかったわけではない


おばあは昔から、自分のことを「すごい人」だとは一度も言いません。

人から何かを聞かれても、

「おばあはただ、感じたことを話してるだけさぁ」

と、いつも少し困ったように笑います。

けれど私は、小さい頃からおばあの背中を見てきました。
旧暦の日になると、まだ朝の空が白み始める前に起きて、黙って支度をする姿。

月桃の葉を静かに整える手。
塩を小さく包む指先。
海へ向かう時の、あの何とも言えない表情。
怖い顔ではありません。悲しい顔でもありません。

けれど、どこか覚悟を決めた人の顔でした。

私はずっと不思議でした。
どうしておばあは、あんなに苦しい思いをしてまで人の話を聞くのだろう。
どうして一度は捨てたはずの拝みを、また続けているのだろう。

夫を失い、力を憎み、海から離れ、塩にも触れなくなった人が、どうしてまた海へ戻ったのだろう。

この話は、おばあが「ユタとして生きる」と決めた、きれいな覚醒の物語ではありません。

むしろ逆です。
おばあは最後まで逃げようとしていました。
自分には無理だと思っていました。
人を救えるような立派な人間ではないと思っていました。

夫を守れなかった自分に、誰かの人生へ口を出す資格なんてない。
ずっとそう思っていたそうです。

それでも今、おばあは人の話を聞いています。

恋愛のこと。復縁のこと。
音信不通のこと。家族のこと。
仕事のこと。

誰にも言えない悩みを、海の向こうの小さな島で聞いています。

なぜなのか。

今日はその話を、きちんと書いておこうと思います。

第一章|逃げた先にも、苦しみはついてきた


娘の高熱が落ち着いた後、おばあはすぐに人の話を聞くようになったわけではありません。

あの夜、何年も触れなかった塩を手に取ったこと。
海へ向かったこと。
祈るように手を合わせたこと。
そして、娘の熱が少しずつ引いていったこと。

それは確かに、おばあの心を大きく揺らした出来事でした。

けれど、それで急にすべてを受け入れられるほど、人の心は簡単ではありません。

おばあはむしろ、もっと怖くなったそうです。

もしあの夜のことに意味があるのだとしたら。
もし自分の中にまだ何かが残っているのだとしたら。
また人の苦しみに触れなければならないのか。
また誰かの人生を見つめなければならないのか。
また、守れなかった時の後悔を背負うことになるのか。

そう考えるだけで、息が詰まるようだったと言います。

夫を失った後のおばあは、長い間、自分の感覚を呪っていました。

胸騒ぎも。夢も。
言葉にできない違和感も。

全部、何の役にも立たなかったものだと思っていました。

大切な人一人守れないのなら、そんなものは力ではなく罰だとさえ思っていたそうです。

だから娘の高熱が落ち着いた後も、おばあはしばらく何も変えませんでした。
海へ行く回数が急に増えたわけでもない。
人の相談を受け始めたわけでもない。

むしろ、以前よりも慎重になったそうです。

それでも、心の奥では何かが動き始めていました。
押し入れの奥にしまっていた箱。
祖母から受け継いだ塩。
乾かしてあった月桃。

ずっと見ないふりをしていたものが、急にそこにあることを意識するようになったそうです。

人は本当に忘れたものには、痛みを感じません。
おばあが苦しかったのは、忘れていなかったからです。

捨てたつもりだった。終わったつもりだった。
けれど本当は、ずっと心の奥に残っていた。

夫を失った後悔も。
娘を守りたいと願ったあの夜の必死さも。
祖母が昔言っていた言葉も。

全部、消えてはいなかったのです。

第二章|「力は授かったものじゃない。預かったものだよ」


おばあには、幼い頃から忘れられない言葉がありました。
それは、おばあの祖母がよく口にしていた言葉です。

「力は授かったものじゃないよ。預かったものだよ」

子どもの頃のおばあには、その意味がまったく分からなかったそうです。

授かったものではない。預かったもの。

では、誰から預かったのか。
何のために預かったのか。いつ返せばいいのか。

そんなことを考えたところで、子どもだったおばあには分かるはずもありません。

むしろ、その言葉を聞くたびに腹が立ったそうです。

預かったものだと言われても、自分は頼んでいない。普通の子どもでよかった。何も感じない人でよかった。
友達と同じように笑って、同じように恋をして、同じように歳を取る人生でよかった。

なのに、どうして自分だけがこんなものを背負わなければならないのか。

そう思っていたそうです。

祖母は、おばあが反発しても怒らなかったと言います。
ただ海の方を見ながら、

「今は分からんでいいさぁ」

とだけ言ったそうです。

その時のおばあには、その優しささえ重かった。
分からなくていいなら、最初から言わないでほしい。

そんなふうに思ったこともあったそうです。

けれど人生は不思議です。

子どもの頃には呪いのように聞こえた言葉が、歳を重ねるうちに別の響きを持ち始めることがあります。

夫を失った時。

おばあはその言葉を思い出しました。

力は預かったもの。でも、自分は何もできなかった。
預かったものを何一つ役に立てられなかった。
だから余計に苦しかった。

娘の高熱の夜にも、その言葉を思い出したそうです。

押し入れの奥の箱を開け、塩に手を伸ばした瞬間。

おばあの中に、祖母の声が蘇ったと言います。

「預かったものは、自分の都合で捨てるもんじゃないよ」

その声が本当に聞こえたのか。ただ思い出しただけなのか。
それは分かりません。

けれど、おばあはその時初めて、祖母の言葉の意味を少しだけ考えたそうです。

この力は、自分を特別にするためのものではない。
人より上に立つためのものでもない。
当てるためのものでも、誇るためのものでもない。

もしかすると、誰かが本当に苦しい時に、ほんの少しだけ寄り添うために預かったものなのかもしれない。

おばあはその時、初めてそう思ったそうです。

第三章|修行は、海の前で自分を見つめることだった


修行というと、何か特別なものを想像する人もいるかもしれません。

山に籠もる。滝に打たれる。神様の声を聞く。特別な儀式を受ける。

そういうものを想像する方もいると思います。

でも、おばあの修行は、もっと地味で、もっと苦しいものでした。
それは毎日、自分の弱さと向き合うことでした。
娘の高熱の夜を境に、おばあは少しずつ海へ戻るようになりました。

最初は毎日ではありません。行ける日だけ。
それも、人目の少ない時間だけ。
朝早く、まだ島が静かな時間。あるいは夕方、日が落ちる前の短い時間。
おばあは海辺に立ち、ただ手を合わせたそうです。

何を祈ったのかと聞くと、おばあは少し考えてから、

「最初は何も祈れなかったさぁ」

と言いました。

手を合わせても、言葉が出てこない。感謝もできない。
許しを乞うこともできない。ただ涙が出る。
夫を思い出す。娘の寝顔を思い出す。
自分が逃げ続けてきた時間を思い出す。

だから最初の修行は、祈ることではなく、泣くことだったのかもしれません。

おばあは旧暦の日になると、祖母が教えてくれた通りに塩を包み直しました。

月桃の葉を洗い、乾かし、手のひらで整えました。
島の古い拝所にも足を運ぶようになりました。

そこには、祖母を知っている年配の拝み手もいたそうです。

その人はおばあを見るなり、

「やっと来たねぇ」

と言ったそうです。

おばあはその言葉を聞いて、逃げ出したくなったと言います。
まるで、自分が何年も逃げていたことを全部見透かされたような気がしたからです。

その拝み手は、おばあに厳しいことも言ったそうです。

「見えることに酔ってはいけない」
「人の人生を背負ったつもりになってはいけない」
「助けたいと思いすぎると、自分の念が混じる」
「言葉は薬にもなるけど、刃にもなる」

おばあはその言葉が怖かったと言います。

なぜなら、夫を失った後のおばあは、自分の言葉にも感覚にも自信をなくしていたからです。

人に何かを伝えることが怖かった。もし間違えたら。
もし傷つけたら。もしまた守れなかったら。

そう考えると、誰かの相談に向き合うことなんてできないと思ったそうです。

それでも修行は続きました。

旧暦の日に海へ行く。塩を包む。月桃を整える。
拝所で手を合わせる。祖母の言葉を書き写す。
島の風の音を聞く。海の満ち引きを見る。

そして何より、自分の心がどこで濁るのかを見つめる。

誰かを助けたいという気持ちの中に、自分の後悔が混じっていないか。
相手を導きたいという気持ちの中に、自分の寂しさが混じっていないか。
厳しい言葉を伝える時、それは本当に相手のためなのか。
それとも自分が正しいと思いたいだけなのか。

おばあは何度もそこで躓いたそうです。

私は向いていない。やっぱり無理だ。
こんな弱い人間が人の話を聞くなんてできない。

そう思って、何度もやめようとした。

けれど、やめようとするたびに人が来たそうです。

近所の人。昔の知人。
知人に連れられて来た人。
島の外から船に乗って来た人。
誰かが誰かを連れてくる。

そして皆、似たような顔をしていたそうです。

疲れた顔。眠れていない顔。
何かをずっと我慢してきた顔。

おばあはその顔を見るたびに、昔の自分を思い出してしまったと言います。

第四章|相談者が教えてくれたこと


最初、おばあは相談を受けるつもりなんてなかったそうです。

ただ話を聞いただけ。それだけでした。
相手が泣く。おばあは黙って聞く。
時々、感じたことをぽつりと話す。

それだけ。

けれど帰る時に、

「少し楽になった」

と言われることが増えていったそうです。

おばあはその度に戸惑ったと言います。

自分は何もしていない。未来を変えたわけでもない。
問題を解決したわけでもない。

ただ話を聞いただけ。
それなのに、なぜこの人は少しだけ軽くなった顔をしているのだろう。
それが不思議だったそうです。

ある女性は、ずっと忘れられない人の話をしに来たそうです。

何年も前に離れた相手。もう連絡も取れない。
周りからは「早く忘れなさい」と言われる。
自分でも忘れたい。けれど忘れられない。
その女性は、泣きながらおばあに言ったそうです。

「私はおかしいのでしょうか」

おばあはその時、静かに首を振ったそうです。

「おかしくないさぁ」

ただそれだけ言った。するとその女性は、声を出して泣いたそうです。

おばあは後になって、

「あの人は答えを聞きに来たんじゃなかったんだねぇ」

と言いました。
忘れた方がいいのか。
戻れるのか。
相手はどう思っているのか。

そういう答えを求めて来たように見えて、本当は違ったのかもしれない。

自分の気持ちを否定しないでほしかった。
苦しんでいる自分を責めないでほしかった。

ただ、それだけだったのかもしれない。

その時、おばあは少し分かったそうです。

人の話を聞くというのは、未来を当てることだけではない。
相手の心に、ほんの少しだけ居場所を作ることなのだと。
もちろん、おばあは耳障りの良いことばかり言う人ではありません。

時には厳しいことも言います。

「今は動かん方がいい」
「その人を追いかけるほど、自分が削れてしまうよ」
「それは愛じゃなくて、寂しさを埋めようとしているだけかもしれんねぇ」

そんな言葉を伝えることもあります。

けれど、それは突き放すためではありません。
悩みのある人の人生を怖がらせるためでもありません。

おばあは、苦しい人がさらに自分を傷つけてしまうことを、とても嫌がります。

相手を思う気持ちがあるからこそ、自分を粗末にしてしまう人がいる。
復縁を願うあまり、自分の生活まで壊してしまう人がいる。
連絡を待ち続けるうちに、自分の価値まで疑ってしまう人がいる。

そういう人を見ると、おばあは昔の自分を思い出すそうです。

夫を失った後、何年も自分を責め続けた自分。
娘の高熱の夜、何もできないと震えていた自分。
誰にも言えず、ただ一人で抱え込んでいた自分。

だからこそ、おばあは言葉を選びます。

優しいだけでは届かないこともある。
厳しいだけでは人は壊れてしまう。

その間を探す。

それが一番難しいのだと話します。

第五章|おばあがユタとして守っていること


おばあは、ユタという言葉を軽々しく使いません。
沖縄に生まれた人ほど、その言葉の重さを知っているからです。

ユタとは、ただ不思議なことを言う人ではありません。

誰かの未来を面白半分で話す人でもありません。
人の苦しみに触れる人です。
家族にも言えない悩み。
誰にも知られたくない恋。
亡くなった人への後悔。
生きることそのものへの不安。

そういうものを預かる人です。

だからこそ、おばあは今でも怖いと言います。

怖いからこそ、軽く扱わない。
怖いからこそ、旧暦の日には海へ行く。
怖いからこそ、塩を包む時も、月桃を整える時も、黙って手を合わせる。

それは能力を高めるためというより、自分自身を整えるためなのだそうです。

相談者の苦しみに触れる前に、自分の心を澄ませる。
自分の後悔や寂しさを混ぜないようにする。
相手を自分の思い通りに導こうとしない。
見えたもの、感じたものを、できるだけ濁らせずに伝える。

おばあが一番大切にしているのは、そこです。

だからおばあは、都合の良いことばかりは言いません。

復縁できると言えば喜ばれると分かっていても、そう感じなければ言いません。
相手があなたを愛していると言えば安心するだろうと思っても、そう見えなければ言いません。
逆に、今は苦しい時期でも、まだ希望が残っていると感じれば、それも伝えます。

おばあにとって大事なのは、喜ばせることではありません。
怖がらせることでもありません。その人が自分の足で立てるようになることです。

相手の気持ちを知りたい。
未来を知りたい。
いつ動けばいいか知りたい。

その気持ちはよく分かるそうです。

けれど、おばあはいつも言います。

「最後に自分を置き去りにしたらいけないさぁ」

恋愛でも。復縁でも。家族のことでも。仕事のことでも。
誰かのことを考えすぎるあまり、自分の心を置き去りにしてしまう人がいます。

おばあは、そこを見ています。

相手がどう思っているかだけではなく、ご自身がどれだけ無理をしているのか。どれだけ我慢してきたのか。どれだけ自分を責めているのか。
そこを見ずに答えだけ渡しても、本当の意味では楽にならない。

おばあはそう考えています。

第六章|誰かを救いたいわけじゃない


おばあは今でも、

「私は誰かを救えるような人間じゃないさぁ」

と言います。

最初に聞いた時、私は少し驚きました。

だって、おばあの言葉で泣く人がいる。
安心したと言う人がいる。
話してよかったと言う人がいる。

それなら救っていると言ってもいいのではないか。

私はそう思っていました。

けれど、おばあは首を振ります。

「救うなんて言葉は大きすぎるさぁ」と。

人は人を完全には救えない。
どれだけ話を聞いても、その人の人生を代わりに生きることはできない。
どれだけ祈っても、その人の悲しみを全部消すことはできない。
どれだけ感じても、未来を全部都合よく変えることはできない。
おばあはそれを、身をもって知っています。

夫を守れなかったから。
娘の高熱の夜、ただ震えることしかできなかったから。
自分自身が何年も暗い場所にいたから。

だから簡単に「救います」とは言わないのです。

でも、だからこそできることがある。
夜眠れない人の気持ちは分かる。
誰にも言えない悩みを抱える苦しさは分かる。
大切な人を思いすぎて、自分が壊れていく怖さも分かる。
自分を責め続ける時間がどれほど心を削るかも分かる。

だから話を聞く。

ただそれだけだと言います。

でも私は、その「ただそれだけ」が、きっと誰かにとっては救いになるのだと思っています。

人は本当に苦しい時、立派な言葉を求めているわけではないのかもしれません。

正解を求めているようで、本当は誰かに分かってほしいだけなのかもしれません。

「そんなに苦しかったんだね」
「一人で抱えてきたんだね」
「よくここまで来たね」

そう言ってもらえるだけで、崩れそうだった心が少しだけ持ち直すことがあります。

おばあは、その小さな場所を作ろうとしているのだと思います。

結び|海の向こうで、今日も話を聞いている


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

おばあは、最初から強い人だったわけではありません。
最初から覚悟があったわけでもありません。

むしろ何度も逃げました。何度も嫌になりました。
何度も、自分には無理だと思いました。
それでも今、海へ向かいます。旧暦の日には手を合わせます。
塩を包みます。月桃を整えます。

そして、誰にも言えない悩みを抱えた人の話を聞いています。

おばあは未来を全部決めることはできません。
奇跡を約束することもできません。
誰かの人生を都合よく変えることもできません。

けれど、苦しい人の話を聞くことはできます。

感じたことを、できる限り誠実に伝えることはできます。

一人で抱え込んでいる人に、

「ここに話してもいい場所があるよ」

と伝えることはできます。

人は、弱くなる日があります。頑張れない日があります。
好きな人のことを考えすぎて眠れない夜があります。
何度も同じやり取りを見返して、自分を責めてしまう日があります。
家族にも友達にも言えないことを、胸の奥にしまい続けている人もいます。

おばあは、そういう人たちに向けて、いつも同じようなことを言います。

「無理に強くならんでいいさぁ」
「泣く日があってもいいさぁ」
「人の心も海と同じで、波が高い日もあれば静かな日もあるさぁ」

そして最後に、
「一人で抱え込まんでいいよ」と。

沖縄の小さな離島で。

今日もおばあは海の音を聞きながら、静かに人の話を聞いています。

孫 琉花
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