今からずっと昔。
私がまだ若かった頃、友人を自死で亡くしました。
仕事のこと。
恋愛のこと。
いくつもの問題が重なり、心が追い詰められていたのだと思います。
当時の私は、まだ若すぎました。
人の心の痛みについて、今ほど深く考えることもできなかった。
「どうして?」
「なぜ?」
そう思うことしかできませんでした。
もっと話を聴いてあげられたら。
もっとそばにいてあげられたら。
何か言葉をかけてあげられたら。
今でも、そんな思いが心のどこかに残っています。
でも、あの頃の私は、何もしてあげられませんでした。
それは、今でも私の中に残っている、ひとつの後悔です。
あの頃の私には、分からなかったこと
友人が亡くなったあと、私はずっと考えていました。
「死にたい」と思うほど苦しいとき、人は何を考えているのだろう。
「助けて」と言えなかったのだろうか。
誰かに気づいてほしいと思わなかったのだろうか。
それとも、本当に誰にも助けてほしくなかったのだろうか。
今となっては、その答えを友人に直接聞くことはできません。
だからこそ、私はその後の人生で、
たくさんの人の心の声に耳を傾けるようになったのかもしれません。
タロットを通して。
カウンセリングを通して。
そして、一人の人間として。
多くの方のお話を聴かせていただくようになりました。
そして、たくさんの人と向き合う中で、
私は少しずつ気づいていきました。
人は、「死にたい」と思うほど苦しくなったときでさえ、
心のどこかでは、
「本当は、生きたい。」
と思っていることがあるのではないか、と。
「死にたい」は、本当に「死にたい」なのだろうか
もちろん、私は「死にたい」という言葉を
軽く扱いたいわけではありません。
ましてや、
「死にたいと思う人は、本当はみんな生きたいんですよ」
と、簡単に言い切ることもできません。
人の心は、そんなに単純ではないからです。
その人にしか分からない苦しみがあります。
長い間抱えてきた悲しみがあります。
誰にも言えなかった孤独があります。
だから、「死にたい」という言葉の重さは、
その人自身にしか分からないものだと思っています。
それでも、私は長い間、
多くの方の人生に寄り添ってきて、
あることを感じるようになりました。
「死にたい」と思ったとき、
本当に終わらせたいのは、
命ではなく、苦しみなのではないか。
本当に終わらせたいのは、
今の生活。
今の人間関係。
今の仕事。
今の恋愛。
自分を責め続ける考え方。
「私は何をやってもダメだ」という思い込み。
「誰かの期待に応えなければならない」という生き方。
そんな、
「今のままの自分で生き続けること」
なのではないか。
そんなふうに思うのです。
人は「生きたい」からこそ苦しむ
私は、人は「生きたい」と思っているからこそ、
苦しむことがあるのだと思っています。
もっと自分らしく生きたい。
もっと愛されたい。
もっと大切にされたい。
もっと誰かと分かり合いたい。
もっと自由になりたい。
もっと笑いたい。
本当は、こうしたい。
本当は、こんな人生を生きたい。
でも、現実は思い通りにならない。
どれだけ頑張っても報われない。
努力しても認めてもらえない。
愛しても愛されない。
何をやってもうまくいかない。
そんな現実が続くと、
「もう、どうでもいい。」
「もう、終わりにしたい。」
そんな気持ちになってしまうことがあります。
でも、それはもしかしたら、
「本当は、もっと違う人生を生きたい。」
という心の叫びなのかもしれません。
もっと正確に言えば、
「こんなふうに生きるのは、もう嫌だ。」
という思いの奥に、
「本当は、もっと自分らしく生きたい。」
という願いがあるのではないでしょうか。
私は、そう思うようになりました。
人生を変える前に、人は「もう無理」と言う
私はこれまで、
本当にたくさんの方の人生に触れてきました。
相談内容は、一人ひとり違います。
仕事の悩み。
恋愛の悩み。
家族の問題。
人間関係。
自分自身への悩み。
でも、人生が大きく変わる前の人には、
ある共通点があるように感じます。
それは、
「もう、このままでは無理です。」
という言葉が出てくることです。
それは、人生を終わらせたいという意味ではなく、
「このままの自分ではいられない。」
「このままの人生では苦しい。」
「何かを変えなければいけない。」
という心からのサインなのかもしれません。
だから私は、「もう無理」という言葉を聞いたとき、
「頑張ってください。」
「もっと努力しましょう。」
とは言いたくありません。
まず、
「何がそんなに苦しいの?」
「本当はどうしたいの?」
と、その人の心の奥にある声を聴きたいと思うのです。
もしかしたら、その人自身も気づいていない、
「本当はこう生きたい」
という願いが、そこに隠れているかもしれないからです。
あの頃の私に、今の私がいたなら
友人が亡くなったあの頃。
もし今の私がそばにいたら。
何かが変わっていたのだろうか。
そんなことを考えることがあります。
もちろん、答えは分かりません。
どれだけ後悔しても、過去に戻ることはできません。
あの友人に、今の私が会うこともできません。
でも、ひとつだけ確かなことがあります。
あの頃の私にはできなかったことを、
今の私は誰かにしてあげられるかもしれない。
それは、
話を聴くこと。
その人の苦しみを否定しないこと。
「そんなことで悩んじゃダメ」と言わないこと。
無理に前向きにさせようとしないこと。
その人が出している小さなサインを見逃さないこと。
そして、
「あなたは一人じゃないよ」
と伝えること。
それが、今の私にできることなのだと思っています。
もし、今あなたが苦しんでいるのなら
もし今、あなたが苦しんでいるのなら。
もし「死にたい」と思うほど、つらいのなら。
どうか、一人で抱え込まないでください。
うまく言葉にできなくてもいい。
何が苦しいのか、自分でも分からなくてもいい。
「もう無理」
その一言だけでもいい。
「助けて」
その一言だけでもいい。
あるいは、言葉にできないのなら、
ただ、
「今、ちょっと苦しいです。」
そう伝えてくれるだけでもいい。
私は、サインを出してほしいと思っています。
あなたがもし、今苦しんでいるのなら。
あなたがもし、一人で抱えているのなら。
どうか、誰かに気づいてもらうためのサインを出してください。
私でなくてもいい。
信頼できる人でもいい。
家族でもいい。
友人でもいい。
専門家でもいい。
誰かに、あなたの「助けて」を届けてください。
私は、あの頃の友人に何もしてあげられなかった。
でも、今の私なら。
あの頃よりも、もっと人の心に寄り添える。
もっと、その人の言葉にならない声を聴くことができる。
もっと、その人が自分自身を取り戻すための力になれる。
だから、もし今あなたが苦しんでいるのなら。
どうか、一人で消えないでください。
サインを出してください。
あなたが「生きたい」と思える場所を、一緒に探すことはできるから。
私は今でも、ときどき思います。
あの友人が、もし今も生きていたら。
どんな人生を歩いていただろう。
どんな顔で笑っていただろう。
どんな未来を生きていただろう。
その答えを知ることは、もうできません。
だからこそ私は、今、目の前にいる人の
「生きたい」という小さな声を、
見逃したくないと思っています。
「死にたい」と思うほど苦しいとき。
もしかしたら、それはあなたの人生が終わるサインではなく、
「もう、今の生き方を変えてほしい。」
という心からのサインなのかもしれません。
そして、人生には何度も、
「ここから変わる」
というタイミングがあります。
そのことを、
私は30年以上向き合ってきた
タロットからも教えてもらいました。
タロットには、「死」という名前を持つカードがあります。
それは、一見すると、とても怖いカードです。
でも、そのカードが本当に伝えていることを知ったとき、
私は、「死」というものの見方が少し変わりました。
次回後編で、タロットの「死神」のカードが教えてくれた、
「終わること」と「生まれ変わること」
について、お話ししたいと思います。
あなたのエネルギーを整えるお手伝いをします
「頭では分かっているけれど、
どうしても一歩を踏み出すのが怖い」
というときは、
いつでも私にその胸の内を吐き出しにきてくださいね。
タロットや星の導きを借りながら、
あなたが「自分の人生の主役」に
戻るお手伝いをさせていただきます。
一緒に、本当に輝ける未来へ進んでいきましょう。
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