先日、言語化ワークショップを実施しました。
参加してくれたのは、ある会社の後継者の方。
技術にとても明るくて、
新しいものを次々と形にできる人です。
最初の相談は
「自分が作れるものを、これからどう外に出していこうか」
という話でした。
でも、いちばん心に残ったのは、
その手段の話ではありませんでした。
今日は、その話をします。
何を作っている人なのかは、あえて伏せておきます。
伏せたほうが、その人の本当のところがよく見えると思うので。
「これは、逃げです」
話の入り口は、わりと前向きでした。
こういうことができる、こんなものも作れる、
これをどう売っていこうか。
いつものように、少し角度を変えて聞いてみました。
「それって、そもそもどこから来たんですか?」
なぜそれをやりたいと思ったのか。
原体験のところを覗いてみたかった。
すると、ふっと表情が変わって、こう言われました。
「これは、逃げです」
面白い言葉だと思いました。
だから、そのまま受け止めて、もう少し聞いてみました。
「逃げ。何から逃げたんですか?」
同じことの、繰り返し
語ってくれたのは、こういうことでした。
若い頃、家業の現場で、
来る日も来る日も同じ作業を繰り返していた。
体力的にもきつい。
それ以上に、
毎日がまったく同じであることが、
どうしても耐えられなかった。
「同じことの繰り返しなんですよ。ずっと」
「自分は流れの中に組み込まれているだけで、変化を起こせない」
上から与えられた仕組みの中に、ただ収まっている。
その感覚が、どうしても飲み込めなかった。
だから、そこから出た。
これは逃げだ、と。
価値は、変わる
一度、外に出て、
まったく違う世界をいくつも見たそうです。
業種が変われば、価値の生まれ方もまるで違う。
きっちり積み上げて生まれる価値もあれば、
目に見えない、言葉にしづらいものにお金が払われている世界もある。
そこで、一つの確信が芽生えた。
「価値って、いろんなところで発生しているんじゃないか」
そして、もう一つ。
「価値は、変わる」
例えば機械のなかった時代は、
村で一番の力持ちが重たいものを運ぶ仕事をして、対価をもらっていた。
でも、その仕事を機械ができるようになったら、
本来、力持ちへの対価は下がっていくはずだ。
技術が進めば、何に価値があるかは入れ替わっていく。
当たり前のようでいて、
これを腹の底から実感している人は、案外少ない。
「一律でいくらです、が好きな人は、考えなくていいから楽なんですよね」
そう言いながら、その人は、
自分がなぜ家業の仕事を好きになれなかったのか、
その理由に近づいていきました。
家業が嫌い、という話ではない。
考えなくていい仕組み。変わらない仕組み。その中で働く。
それが、自分には合わなかった。
そういうことでした。
逃げの先にあったもの
ここまで来て、
この人が本当にやりたいことが見えてきました。
最初は「作れるものを売りたい」という、手段の話だったはずです。
でも、話すほどに、出てくる言葉が手段から離れていく。
「会社を、一つの生き物みたいに見立てて、外からいろんな価値を持ってきては中に組み込んで、少しずつ整えていく。そういうことに、いま一番面白さを感じています」
「会社の中の人にも、考えてもらえるようになってほしい。一緒に育っていって、できることが増えて、その人たちの力が上がった、っていう結果を作りたい」
ああ、と思いました。
この人がやりたいのは、
何かを作って売ることではなかった。
人を育てること。
変わらない仕組みの中で止まっている人に、
考えるきっかけを渡して、
その人自身が動き出せるようにすること。
それが、ずっとやりたかったことだった。
線が、つながりました。
若い頃、自分は変わらない仕組みの中で苦しかった。
だから逃げた(離れた)。
そして、さまざまな経験をする中で、価値はいろんなところで生まれるし、
変わっていくものだと知った。
だったら今度は、
同じように仕組みの中で止まっている人に、
「変えられるよ」「考えていいんだよ」と手渡したい。
逃げ(離れた)から始まった人が、ぐるりと回って、
人を育てる側に立とうとしている。
とても、美しい流れだと思いました。
「これ、ここにつながるんですね」と言うと、
その人も「ああ、本当だ」という表情をされていました。
言葉にすると、道が決まる
その人は最後に、こう言ってくれました。
「次に進むべき方向が、はっきりした」
私は、特別なことは何もしていません。
その人がすでに持っていた言葉を、
順番に並べ直しただけです。
「逃げです」から始めて、
「価値は変わる」を経て、
「人を育てたい」にたどり着くまでを、一緒にたどっただけ。
でも、それでいいと思います。
頭の中にぐるぐるとあるうちは、人は動けない。
「自分は何がしたいんだっけ」がはっきりしないまま、
目の前の手段ばかりが増えていく。
そういうとき、誰かに話を聞いてもらって、
ぽつりぽつりと言葉にしていくと、
あるところで「ああ、これがやりたかったのか」と腑に落ちる。
道が決まると、人は迷わなくなる。
次にどこへ進めばいいかだけを、考えればよくなる。
決まっているほうが、ずっと楽です。
言語化は、たぶん、そのためにある。
立派な答えを授けることでも、
すごいアイデアを出すことでもない。
その人の中にもう在るものを、
その人自身が見つけられるように、隣で並べていく。
それだけのことです。
でも、その「それだけ」で、
人は自分の足で次の一歩を踏み出していく。
逃げから始まっても、いい。
そこから本当にやりたいことにたどり着けるなら、
それは立派な始まりだ。
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「言語化ワークショップ」やっています。
「自分の商品・サービスの言葉がまだ見つかっていない」
「やりたいことはあるけど、うまく言葉にできない」
そう感じている方へ、問いで一緒に掘り起こします。
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