1年で、1000兆を超える言葉
ある一社のしくみの上だけで、AIがさばいたデータの量です。単位はトークン。AIが文章を読み書きするときの、小さなかけらのことです。
その数字が出てきたのは、サンフランシスコでした。
6月15日から18日まで、モスコーンセンターという広い会場に、3万人が集まりました。世界でいちばん大きい、データとAIのお祭りです。Databricks(データブリックス。データ分析の会社)が開く「Data + AI Summit 2026」。画面の向こうからも、さらに何万人もが参加しました。
基調講演に、数百のセッション。4日間、街ひとつぶんの人が、AIの「動かし方」を話しに来ていたわけです。
ところが、その会場の主役は、新しくて賢いAIではありませんでした。
合言葉は「実験室から、現場へ」
2日目、6月16日。その日の空気は、はっきりしていました。
去年までは、AIを「試す」年でした。今年は、AIを「本当に走らせる」年。会場の関心は、その移り変わりに集まっていました。
AIエージェント(人の代わりに作業を進めるAI)を、お試しの段階から、本物の仕事の現場へ。地味だけれど、いちばん大事な引っ越しです。
数字が、勢いを伝えます。Databricksの「Agent Bricks」というしくみでは、これまでに10万体を超えるエージェントが作られました。さばいた言葉の量が、さきほどの1000兆トークン超です。Agent Bricksは今回、ただ作る道具から、「管理しながら動かす」企業向けの土台へと、位置づけを変えました。
主催者は、こうも言いました。エージェントの心臓部、つまり自分で考えて動くところは、仕事全体のたった1%だと。
残りの99%は、もっと地味な作業です。使うお金の管理。安全の確保。動いた記録を残すこと。出来ばえの評価。前後のやりとりの保管。そして、誰がどこまで触っていいかの線引き。
99%の中身を、もう少しほどいてみます。一度にどれだけの言葉を扱えるか。本番にどう載せるか。情報がもれないか。答えの良し悪しを、どう測るか。動いている最中、何が起きているか。会話の流れを、どう覚えておくか。別のしくみと、どう安全に分け合うか。
どれも、賢さの自慢とは関係のない、縁の下の仕事です。派手なのは1%。土台が99%。会場は、その99%の話で持ちきりでした。
## いちばんの新商品は、「見張り役」だった
その99%にこたえるために出てきたのが、「Unity AI Gateway」という新しいしくみです。
役割を平たく言えば、見張り役。社内のAIも、外から借りているAIも、エージェントも、つなぐ小さな道具も、ぜんぶ一か所に集める。そのうえで、誰が何に触ってよいかを決め、動きを見張り、あとから記録をたどれるようにする。本人確認も、端から端まで通す。Databricksは、すべての利用者に、これを使うよう勧めています。土台ではなく、もう必需品だという構えです。
同じ考えは、言葉の整理にも及びました。社内でばらばらだった用語の意味を、人とAIが同じように読める辞書にそろえる。誰が見ても、同じものを同じ名前で指せるように。
セッションで交わされた問いも、地に足がついていました。
エージェントが、生きたデータベースに勝手に手を伸ばしたら、どう止めるか。ひとりでに動いて、お金を使いすぎないよう、どう抑えるか。何をしたのかを、あとからどう確かめるか。
ひとりでに動くAIは、便利な代わりに、気づけば大きな請求書を連れてくることがあります。だから、使う量に上限をかけ、誰の許しで動いたのかを残す。あとで「なぜこうした」と聞かれて、答えられること。それが、現場で動かす最低条件になりつつあります。
2日目には、マスターカードが、社内に散らばったデータを一つの目録でつなぐ実演も見せました。大きな会社が、現場でどう使うか。話は、そこまで降りていました。
壇上には、名だたる顔ぶれが並びました。AnthropicやOpenAI、LangChain、Replit、Cognition。みな、エージェントを「現場で動かすと、実際どうなるか」を語っていました。試作品を見せ合う段階は、もう過ぎていたのです。難しいのは、止まらず、こわれず、毎日まわし続けること。話の重心は、そちらにありました。
同じ6月16日、別の会社も動きました。Thoughtworks(ソートワークス)が「Agent/works」を発表。どんな環境でも、企業のエージェントを管理し、安全に走らせるための土台です。狙いは、やはり同じでした。
少し前の6月10日には、DatabricksがLinux Foundationと組んで「OpenSharing」という共通ルールも公開しています。会社をまたいで、AIの部品やデータを安全にやりとりするための取り決めです。特定の会社に縛られない、開かれたルールにしたところが肝でした。やりとりできるのは、データだけではありません。エージェントが身につけた「やり方」そのものも、分け合えるようになります。便利な反面、誰の手から誰の手へ渡るのかを、はっきりさせる必要が出てきます。
並べてみると、見えてきます。世界最大の舞台で各社が競っていたのは、もっと賢いAIではありませんでした。人が、ちゃんと手綱を握れるAIのほうです。
今年の問いは、どのモデルが試験でいちばん高い点を取るかではありません。ペプシコやマスターカード、アストラゼネカのような会社が、本番の現場でAIを動かしきれるか。関心は、そちらへ移っていました。
いちばん静かな機能が、主役だった
会場でいちばん人を集めていたのは、賢さを競うモデルではありませんでした。止めて、見張って、あとで確かめる。その地味なしくみのほうです。
速いものほど、どこで手を止めるかが問われます。AIが安くなって浮いた時間は、たぶん、人が確かめるために空いた時間です。
ひとりで店をやる人にも、たぶん地続きの話です。任せる仕事と、自分の名前で送る仕事。その境目だけは、自分で引くことになります。
送信を押すのは、最後はいつも人の指でした。世界最大の会場が四日かけて話していたのも、煎じつめれば、その一点だったように思います。
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
記事が気に入ったら、スキを。
フォローも、うれしいです。