終わりがわからない恋が、いちばん苦しい

終わりがわからない恋が、いちばん苦しい

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「嫌いになったわけじゃない」

「今は余裕がない」

「また落ち着いたら」

「もう少し時間がほしい」

別れたいのか、続けたいのか。

はっきりしないまま、恋を未完了にしてしまう人がいる。



本人はきっと、相手を傷つけたくないと思っている。

「もう好きじゃない」と言えば傷つける。

「終わりにしよう」と言えば泣かせる。


だから
少しずつ距離を置こうとする。


連絡を減らす。

曖昧な言葉を残す。

完全には拒絶しない。

そこには確かに、優しさもあるのだと思う。

でも同時に、それは弱さでもあり、

『ずるさ』でもある。



はっきり別れを告げれば、

自分が悪者になる。

泣かれるかもしれない。

責められるかもしれない。

傷つけた罪悪感も背負わなければならない。


だから、


「自分から終わらせる」のではなく、

相手がいつか諦めてくれるのを待つ。

けれど、残された側は終われない。

「まだ可能性があるのかな」

「待っていれば戻ってくるのかな」

「私が何か変われば、もう一度うまくいく?」

そんな小さな希望を持ち続けてしまう。

はっきり振られた恋なら、

泣いて、怒って、少しずつ前に進める。


でも、

未完了の恋は違う。

終わったのかどうかすら分からないから、

心がずっとその場所に置き去りになる。


今日来るかもしれない連絡を待ち、

SNSの小さな変化に意味を探し、

「私なんか変なことしたのかな?」
と何度も過去を検証する。

終わらせないことは、

必ずしも優しさではない。


ときには、

きっぱり終わらせることのほうが、
ずっと優しい。

相手に嫌われる覚悟を持つこと。

自分が悪者になる
可能性を引き受けること。

期待を残さないこと。

それもひとつの誠実さだと思う。


そして、もし今、

あなたが誰かの曖昧な態度の中で
立ち止まっているなら、

相手が終わらせてくれるまで

待たなくてもいい。

恋は、二人そろわなければ
終われないものではない。

「私はもう待たない」


そう自分で区切りをつけてもいい。


未完了にされた恋を、

自分の手で完了させる。

それは負けでも、諦めでもない。

これ以上、自分の時間と心を曖昧な場所に
置いておかないという選択。

最後に自分を救えるのは、

相手の言葉ではなく、

自分が出す「ここまで」という
答えなのかもしれない。

誰かの曖昧な態度の中で、
あなた自身の価値まで見失わないでほしい。





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