三重県の代々神職家系に生まれ、霊能者として歩み始めるまでの葛藤と転機。神言霊視(かみことれいし)が誕生した背景を、白神蓮が初めて語ります。
あなたは、見えないものを信じますか
見えないものは、存在しない。
そう言い切れる人は、きっと幸せだと思います。
怖がらずにいられる。疑わずにいられる。
でも、私にはそれができませんでした。
幼い頃から、私には「視えて」しまっていたから。
神社で育つということ
三重県の山間にある、小さな神社。
私が生まれ育ったのは、そんな場所でした。
代々神職を務める家に生まれ、物心つく前から境内を駆け回り、祝詞の響きを子守唄のように聞いて育ちました。
神様が近くにいる、という感覚は、私にとって呼吸と同じくらい自然なことでした。
でも、他の子どもたちとは、少し違うことがありました。
境内の古木の横に、誰かが立っているように見える。
拝殿の奥に、人の輪郭のようなものが揺れている。
参拝客の背後に、別の誰かの気配がついてくる。
最初は夢と現実の区別がついていないだけだと思っていました。
それが夢でないと気づいたのは、小学校二年生の頃のことです。
父に否定された夜
「そんなものは存在しない。神職がそういうことを言ってはいけない」
父にはっきりそう言われたのを、今でも覚えています。
夕暮れ時、本殿の縁側に腰をおろしていた父に、私は話しかけました。
「お父さん、今日また境内に誰かいたよ。白い着物を着た女の人」
父の顔が、少しだけ固まるのがわかりました。
そして、静かに、でも強く言ったのです。
「霊だの何だのを口にするのは、神様に失礼だ。神職は、確かなものだけを扱う」
私はそれ以来、誰にも言わなくなりました。
視えるものを視えないふりをして、学校へ行き、勉強をして、友人と笑った。
でも、視えるものは消えなかった。
ただそこに、在り続けた。
転機は、一人の参拝者との出会いだった
神職の専門課程を修め、家の神社を手伝うようになった二十代の秋のことです。
年配の女性が、一人で参拝に来られました。
参道を歩く足取りが重く、途中で何度も立ち止めていました。
声をかけると、その方は少し驚いたようにこちらを見て、こう話してくださいました。
「先月、飼っていた犬が亡くなって……。最期まで側にいてくれたから、神様にお礼を言いに来たんです」
その瞬間、私には視えました。
その方の足元に、小さな白い光の塊のようなものが、静かに寄り添っていた。
「……今も、側にいますよ」
気がついたら、口からそう出ていました。
女性はしばらく黙っていました。
そして、静かに涙を流しながら、言いました。
「……ありがとうございます。それだけで、十分です」
その日の帰り道、私は初めて思いました。
視えることは、恥ずかしいことじゃない。
視えることが、誰かの救いになることがある、と。
神言霊視の誕生
私が「神言霊視(かみことれいし)」と名づけたのは、その数年後のことです。
神前で祝詞を奏上するときに降りてくる言葉と、霊的な視座から受け取るメッセージを組み合わせる。
そこから浮かび上がったものを、相談者の方にそのままお伝えする。
特定の術式でも、呪文でもありません。
神様の言葉を霊視によって受け取り、その人だけに届ける——それが、私にしかできないことだと気づいたとき、ようやく父の言葉の意味もわかった気がしました。
「確かなものだけを扱え」
霊能を否定していたのではなく、根拠のないことを軽々しく語るなという戒めだったのかもしれない。
今の私なら、そう受け取れます。
あなたのことを、視てもいいですか
今、私がCoconalaでお伝えしているのは、ただの「占い」ではありません。
神言霊視を通じて、あなたの状況に合った言葉を神前から受け取り、現在地と進むべき方向をお届けする。
それが私の鑑定です。
「何度鑑定を受けても変わらない」と感じている方は、まずこちらの記事をご覧いただけますか。
→ 何度鑑定を受けても同じところに戻っていませんか
同じ迷いを繰り返してしまう根本的な理由を、神言霊視の観点からお伝えしています。
鑑定は、現在500円からお受けしています。
はじめての方は、まずここから。
→ 神言霊視『視えたまま』お伝えします(500円)
視えたことを、そのまま。
それだけを約束します。
白神蓮