最近、「伴走」という言葉をよく目にするようになった。
教育でも、キャリア支援でも、「伴走する」という表現が使われている。
私はこれまで47年間、英語を教えてきた。高校で38年、大学で9年。長い間、「教えること」が自分の仕事だと思っていた。
ところが最近、高校生の総合型選抜や学校推薦型選抜に向けた準備をサポートする機会があった。
志望理由書を見たり、プレゼンテーションの練習をしたり、英検やIELTSについてアドバイスしたりする。
最初は、これまでの「教える仕事」の延長だと思っていた。
しかし、実際にやってみると、少し違った。
ゴールを決めるのは、生徒自身
私の役割は、生徒にゴールを与えることではない。
まず、生徒自身が「どこを目指したいのか」を決める。
そのゴールが決まったら、そこに近づくためには何が必要なのかを一緒に考える。
そして、必要な課題を設定する。
ここで私が大切にしていることがある。
課題を出す前に、なぜその課題が必要なのかを説明することだ。
「これをやってください」と課題だけを渡すのではない。
今のゴールに近づくために、なぜこの課題が必要なのか。
この課題に取り組むことで、何ができるようになるのか。
そこを理解してもらってから、取り組んでもらう。
生徒が課題に取り組んだら、私はフィードバックをする。
でも、そこで私が答えを作ってしまうわけではない。
「ここをこう直してください」とすべてを修正してしまえば、早く完成するかもしれない。
しかし、それでは本人の力にならない。
フィードバックを受けたら、もう一度、生徒自身に考えてもらう。
なぜこの表現なのか。
何を伝えたいのか。
どうすれば、もっと自分の考えが伝わるのか。
そして、自分で修正する。
またフィードバックをする。
また考える。
その繰り返しの中で、少しずつ完成に近づいていく。
私が完成させるのではない
この経験をして、私は「伴走」という言葉の意味を少し実感できるようになった。
私が答えを作ってあげるのではない。
生徒自身が考え、取り組み、修正し、また考える。
私は、その過程を支える。
つまり、
生徒が決めたゴールに向かって、どうすれば近づいていけるかを一緒に考える。
それが私の仕事なのだと思う。
実際に、変化が見えてきた
こうした伴走を続ける中で、具体的な変化も見えてきた。
英検では、準2級、2級から準1級へ
IELTSでは、Overall 4.0から5.0へ。
そしてWritingでは、6.0という結果につながった。
数字だけを見ると、単なる「点数アップ」に見えるかもしれない。
しかし、私が大切だと思っているのは、その数字に至るまでの過程だ。
課題に取り組む。
フィードバックを受ける。
もう一度、自分で考える。
修正する。
そして、また次の課題に取り組む。
その積み重ねが、結果につながっていく。
「教える」から「伴走する」へ
47年間、私はずっと「教える」仕事をしてきた。
もちろん、今でも教えることは好きだ。
しかし、今回の経験を通して、教育にはもう一つの形があることに気づいた。
それは、相手の前を歩いて引っ張ることでも、後ろから押すことでもない。
相手が決めた方向に向かって、一緒に歩くこと。
必要なときには立ち止まり、考える。
課題を示し、フィードバックをする。
そして、また本人に考えてもらう。
その繰り返しを支える。
それが「伴走」なのだと思う。
生徒の可能性を伸ばす。そして、自分の可能性も
今回の経験で、もう一つ気づいたことがある。
生徒の可能性を伸ばすために始めたことだったが、実は私自身も新しい可能性に気づかされたのだ。
いくつになっても、新しい仕事に出会うことができる。
これまで47年間やってきた「教える」という経験も、少し形を変えることで、新しい価値を生み出すことができる。
最近よく耳にする「伴走」という言葉。
私は、それを最初から知っていたわけではない。
実際に生徒と向き合い、一緒に考え、フィードバックを繰り返す中で、
「ああ、これが伴走ということなのかもしれない」
と思うようになった。
生徒の可能性を伸ばす。
そして、その過程で、自分自身の可能性も伸ばしていく。
それが、今の私にとっての「伴走」という仕事なのかもしれない。