私は、自分の扉を閉めないことにした。 ― 大切な縁は、無理につくらなくても残っていく。―

私は、自分の扉を閉めないことにした。 ― 大切な縁は、無理につくらなくても残っていく。―

記事
ビジネス・マーケティング
私は、

人との縁を、

無理に増やそうとは思わなくなりました。

たくさんの人と知り合う。

たくさんの人と連絡を取る。

人脈を広げる。

若い頃や、

会社を多店舗展開していた頃は、

今より、

はるかに多くの人と関わっていました。

仕事をしていれば、

自然と人は集まります。

経営者。

取引先。

スタッフ。

地域の人。

いろいろな会で出会う人。

でも、

自己破産をして、

多くの会から抜けました。

人との関係も、

ずいぶん少なくなりました。

今は、

それでいいと思っています。

縁は、

追いかけなくてもいい。

無理につなぎ止めなくてもいい。

でも、

自分から扉を閉める必要もない。

私は、

そう思うようになりました。

すべての人に、

扉を開けておく必要はありません。

でも、

この人との縁は、

大切にしたい。

この人なら、

いつかまた話したい。

そう思う人に対して、

わざわざ、

自分から扉を閉める必要はありません。

私には、

20年ほど、

会っていない人がいます。

私が飲食店を始めた頃、

一緒に働いてくれた、

当時高校生だったスタッフです。

今では、

母親になっています。

20年、

会っていません。

だからといって、

私の中で、

縁がなくなった訳ではありません。

その子の弟にも、

たまに、

何気ないLINEを送ることがあります。

ご両親も、

仕事を退職され、

今でも、

たまに店へ来てくれます。

頻繁に会う訳でもない。

頻繁に連絡を取る訳でもない。

それでも、

私にとっては、

大切な縁です。

縁とは、

会った回数や、

連絡した回数では、

測れないのだと思います。

私には、

30年以上付き合っている、

宮本という友人もいます。

宮本は、

旅行へ行きたい時、

私に、

こんなことを言います。

「お前は、いつまでも頑張ってよね。」

たぶん、

これからも、

誘った時に、

一緒に行ける相手でいてほしい。

そんな意味なのだと思います。

「行く?」

「行く。」

それくらいの感覚で、

動ける人は、

年齢を重ねるほど、

少なくなります。

仕事があります。

家庭があります。

体力も、

環境も変わります。

だから、

ピッと誘って、

パッと行ける。

そんな相手がいることは、

当たり前ではありません。

でも、

その関係を維持するために、

毎週連絡を取ろうとは思いません。

無理に会う必要もありません。

会いたい時に会う。

行きたい時に行く。

話したい時に話す。

それで、

30年以上、

続いてきました。

好きなゲームを、

何時間もしている人に、

「時間を犠牲にしていますね。」

とは、

あまり言いません。

本人は、

好きだから、

やっているだけです。

人との時間も、

同じだと思います。

好きな人。

興味のある人。

一緒にいて楽しい人。

そんな人と過ごす時間を、

私は、

犠牲だとは思いません。

逆に、

「付き合わなければ。」

「連絡しなければ。」

「人脈を広げなければ。」

そう思い始めたら、

人との縁が、

義務になってしまいます。

私は、

そんな関係を、

無理に求めなくなりました。

そして、

扉を閉めずに生きていると、

時々、

想像もしなかったことが起こります。

東京で出会った、

宮本。

12年前に出会った、

一頭の馬。

そして、

ある日、

競馬をしない可愛さんから、

何気なく言われた、

一言。

「ロイヤルファミリー見た方がいいよ。」

私は、

ドラマを見ました。

そして、

宮本へLINEをしました。

すると、

宮本から、

思いもよらない返事が来ました。

「馬の名前みた?」

そこにいたのは、

12年前に出会った、

ケンタッキーミントでした。

30年以上前に、

宮本と出会った。

12年前に、

一頭の馬と出会った。

そして、

競馬をしない可愛さんから、

何気なく、

ドラマを勧められた。

それぞれ、

まったく別の出来事です。

でも、

何十年という時間を越えて、

ある日突然、

一本につながりました。

もし、

宮本との縁が、

どこかで途切れていたら。

もし、

「久しぶり。」

と連絡できる関係が、

残っていなかったら。

私は、

ケンタッキーミントとの再会に、

気付かなかったかもしれません。

私は、

あの出来事を、

単なる偶然とは、

今でも思えません。

縁という言葉だけでも、

説明できない気がしています。

だから、

私は、

奇跡だと思っています。

もちろん、

そんなことを期待して、

人との縁を残している訳ではありません。

未来に何かが起きるから、

誰かと付き合うのでもありません。

それでは、

損得で人を見ることと、

あまり変わりません。

何も起きなくてもいい。

何年会わなくてもいい。

ただ、

また話したいと思った時に、

話せる。

会いたいと思った時に、

会える。

「行く?」

と言われた時に、

「行く。」

と言える。

そんな人が、

人生に何人かいれば、

それで十分です。

大切な縁は、

無理につくらなくてもいい。

無理につなぎ止めなくてもいい。

でも、

自分から扉を閉める必要もない。

扉を開けているからといって、

何かが起きるとは限りません。

何も起きないかもしれません。

それでも、

私は、

大切だと思う人への扉は、

開けておきたい。

その扉の向こうから、

いつか何が入ってくるのか。

それは、

今の自分には分かりません。

時には、

30年以上の時間を越えて、

想像もしなかった出来事が、

やって来ることもあります。

私は、

それを知りました。

だから、

これからも、

無理に縁を求めることはしません。

無理につなぎ止めることもしません。

でも、

大切だと思う人への扉は、

自分から閉めない。

それくらいが、

今の私には、

ちょうどいいのだと思っています。


🐾アオ日記

ニャ〜オ! アオにゃ🐾

主人は、

大切な人には扉を開けておくらしいにゃ。

アオのためには、

寝室の扉も開けておいてほしいにゃ🐾

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