30年来の友人に救われた。 ~自己破産した私を、30年以上変わらず支えてくれた友人がいた。~

30年来の友人に救われた。 ~自己破産した私を、30年以上変わらず支えてくれた友人がいた。~

記事
ビジネス・マーケティング
人生は、

誰と出会うかで、

大きく変わります。

私にも、

人生を変えてくれた、

一人の友人がいます。

30年以上、

付き合いが続いている友人です。

私が高校を卒業し、

新潟から東京へ出た頃のことでした。

私は、

調理師専門学校へ通いながら、

飯田橋にあった高級中華料理店、

「摩天楼大飯店」で、

サービスマンのアルバイトを始めました。

ところが、

学校で学ぶことよりも、

現場で学ぶことの方が、

何倍も楽しかったのです。

私は、

調理師専門学校を辞め、

接客の仕事を選びました。

その頃、

店へヘルプで来ていた元社員の方に、

相談しました。

「もっと上の接客を学びたいんです。」

すると、

「うちへ来るか。」

そう声を掛けていただきました。

その職場が、

東京湾を運航するレストランクルーズ船、

シンフォニーでした。

そこで、

私の人生を変える、

一人の友人と出会います。

彼の名前は、

宮本。

私の一つ年上で、

大学へ通いながら、

シンフォニーでアルバイトをしていました。

でも、

普通の大学生ではありませんでした。

競馬が、

とにかく大好きだったのです。

大学を休学してまで、

北海道の牧場で競走馬に携わる。

そんな人でした。

競馬の話をしている時の宮本は、

本当に楽しそうでした。

そんな宮本に誘われ、

私は競馬場へ行くようになりました。

一番印象に残っているのは、

私が二十歳の誕生日を迎えた日のことです。

1993年11月21日。

朝から冷たい雨が降る、

マイルチャンピオンシップの日でした。

土曜日。

シンフォニーの仕事を終えたのは、

夜10時過ぎ。

日の出桟橋を出ると、

そのまま車で京都競馬場へ向かいました。

運転するのは、

私一人です。

京都へ着いたのは、

朝4時頃でした。

「やっと寝られる。」

私は、

そう思いました。

すると、

宮本が一言。

「並ぶよ。」

結局、

一睡もしないまま、

開門を待ちました。

帰り道は、

睡魔との戦いでした。

月曜日は、

いつもどおり仕事です。

何とか勤務には間に合いましたが、

帰りは、

行きの倍以上の時間が掛かりました。

今思えば、

無茶苦茶です。

それでも、

嫌だった記憶はありません。

宮本といると、

競馬は、

ただのギャンブルではありませんでした。

競走馬。

騎手。

牧場。

馬主。

競馬に関わる、

たくさんの人たちの世界を、

少しずつ教えてくれました。

私一人では、

決して見ることのなかった景色です。

あの頃の私は、

この友人との出会いが、

30年後、

あの日の奇跡へ、

つながっていくことを、

まだ知りませんでした。



🐾 アオ日記

ニャ〜オ!アオにゃ!

主人は、

二十歳のお誕生日も、

宮本さんと競馬場にいたにゃ。

朝4時に京都へ着いて、

「やっと寝られる。」

と思ったら、

「並ぶよ。」

だったらしいにゃ。

主人は、

30年以上たった今でも、

その話を笑ってするにゃ。

きっと、

そういう友達は、

一生の宝物なんだにゃ。🐾

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