私は、300人分の豚汁を作った。 ~善意は、時に受け入れられない。~

私は、300人分の豚汁を作った。 ~善意は、時に受け入れられない。~

記事
ビジネス・マーケティング
2004年10月23日。

午後5時56分。

新潟県中越地震が発生しました。

私は、

出前の準備をしている最中でした。

店の外へ飛び出すと、

自分の足元の地面が、

揺れるたびに、

パカパカと開いたり閉じたりしていました。

電気も、

水道も、

ガスも止まりました。

冷蔵庫も、

冷凍庫も止まっています。

このままでは、

店の食材はすべて駄目になります。

私は考えました。

捨てるくらいなら、

温かいものを食べられない人へ届けよう。

店で一番大きな、

直径50センチほどの寸胴を使い、

社員やアルバイトと一緒に、

約300人分の豚汁を作りました。

柏崎の本社から水を運び、

バーベキュー用に備えていたプロパンガスを使って、

何とか炊き上げました。

出来上がった豚汁を積み、

避難所へ向かいました。

一番多くの人が避難している避難所でした。

私は、

役場の職員へ、

無償で配りたいと伝えました。

すると、

返ってきた言葉は、

「もし食中毒になったら、どうするんですか?」

でした。

私は、

「今は、そんなことを言っている場合ではない。」

そう思いました。

でも、

何も言えませんでした。

社員が、

「切ないですね…。

ほかの避難所へ行ってみましょう。」

そう言いました。

私たちは、

その避難所をあとにしました。

道路は歪み、

車に積んだ大きな寸胴の豚汁は、

走るたびに、

バシャ、バシャと揺れます。

次の避難所へ向かいました。

でも、

そこには、

十人ほどしかいませんでした。

配れたのは、

三杯だけでした。

時間も遅くなり、

その日の炊き出しは終わりました。

翌日、

柏崎の本社で、

残った大量の豚汁を、

私自身が捨てました。

仕方ありませんでした。


数週間後、

私は、

村長へ、

この出来事を話しました。

村長は、

最後まで話を聞き、

こう言いました。

「その行動は素晴らしいし、間違っていない。」

私は、

その一言に、

救われました。


今振り返ると、

役場職員にも、

守るべき立場があったのだと思います。

善意だけでは、

動けない人もいます。

決まりを守らなければならない人もいます。

立場が違えば、

正しいと思うことも変わります。


だから私は、

今でも、

あの日の誰も責めることはできません。

でも、

この出来事から三年後。

私は、

再び震災の中で、

炊き出しをすることになります。

そして、

その時、

掛けられた一言は、

今でも、私の心に残っています。


◆アオ日記🐾

ニャ〜オ!アオにゃ!

主人は、

「捨てるくらいなら、

誰かに食べてもらいたい。」

って言ってたにゃ。

アオも、

ご飯が残るともったいないと思うにゃ。

でも、

世の中は、

気持ちだけでは、

どうにもならないこともあるにゃ。

難しいにゃ🐾



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