20年ぐらい前の話である。
当時私は、トヨタ自動車の大学に勤めていた。
そこに、鈴木部長という人がいた。
鈴木部長は、忘年会や新入職員歓迎会などで、よくカラオケを歌わされていた。
曲は、いつも決まっている。
「津軽海峡・冬景色」
なぜなら、鈴木部長は、それしか知らないからである。
鈴木部長は、音痴などというレベルではなかった。
「音痴」という言葉では、まったく足りない。
黒板を爪でひっかく音のほうが、はるかに心地よい。
もはや「音」という概念を捨てなければ、鈴木部長の津軽海峡は語れないレベルだった。
無理やり例えるなら、寸法を一切測らずに家を建てようとした大工が、あらゆる箇所で寸法が合わず、本来なら家など建つはずがないのに、無理やり完成させてしまったレベルである。
音程は、ひとつとして合わない。
リズム感という概念すらない。
そもそも、カラオケに合わせようという発想がない。
一応、画面に表示される歌詞は見ている。
それなのに、カラオケが2番に入っているのに、鈴木部長はまだ1番のサビ。
反対に、カラオケはまだ1番なのに、鈴木部長はもう2番。
こうした事態しか発生しない。
歌っているのではない。うなっているのである。
津軽海峡のカラオケに、玉音放送や詩吟、お経でもかぶせたほうが、よほど津軽海峡らしくなるのではなかろうか(笑)
鈴木部長の津軽海峡には、そもそも比較するための基準が存在しない。
仮に、鈴木部長30人による合唱隊があったら、私は興味本位で聞いてみたいと思う。
ただし、聞き終わったときに(いや、聞いてる途中に)、私は絶対に壊れて気絶することを保証する。
鈴木部長、トヨタ関連企業で有名になる
ところが、この津軽海峡には、不思議な効能があった。
鈴木部長は、学内の忘年会や新入職員歓迎会だけでなく、学外の人たちとの宴会でも、津軽海峡を歌わされるようになった。
その歌唱力がトヨタの関連企業にも知れ渡っていったのだ。
自動車ディーラーなどの関係者と会議をした後、よく飲みに行く。
すると、誰かがカラオケに津軽海峡を入れる。
もちろん、鈴木部長のためである。
鈴木部長は、頼まれれば普通に歌う。
自分がどれほどひどい歌をうなっているのか、一切気にしている様子はない。
そもそも、歌がうまくなりたいなどと、全く考えていない。
津軽海峡しか知らないから、津軽海峡を歌う。
ただ、それだけ。
一方、初めて鈴木部長の津軽海峡を聞いた人たちは、驚愕した。
「これが歌か?」
あまりにも予想を超越しているため、笑うことさえできず、固まってしまうのだ。
私も、初めて聞いたときには固まった。
しかし、鈴木部長の歌はここまですさまじい、水爆級の破壊力なのに、毎回カラオケに呼ばれるのだ。
普通なら、歌が下手な人は、歌わせてもらえないと思う。
ところが、鈴木部長の場合は違った。
歌が水爆級の破壊力だからこそ、歌わされていたのである。
鈴木部長の津軽海峡を聞くこと自体が、飲み会のイベントになっていたのだ。
まさに、鈴木部長が提供する、正体不明のアトラクションだった。
そして、鈴木部長は、そのことを知らない。
悲劇は、上達してしまったことである
ところが、何度も何度も津軽海峡を歌わされているうちに、鈴木部長の破壊力が、水爆級⇒原爆級あたりに弱まってしまったのである。
※原爆だって、めちゃくちゃ恐ろしいのは皆さん分かるよね?
ところが、こんなことは、鈴木部長にとって大したことではない。
本人は歌唱力など気にしていないし、うまくなろうと思ってもいない。
ただ、歌わされるから歌っているだけである。
しかし、周囲にとっては大問題だった
あの、「音」という概念すら成立しなかった津軽海峡が、歌わされ過ぎた結果、少し上達してしまったのだ。
もちろん、普通の人からすれば、まだまだ破壊力はすごい。
しかし、以前の鈴木部長を知っている人間からすれば、物足りない。
次第に、鈴木部長の人気は落ち始めた。
あれほど宴会で引っ張りだこだったのに、誰からも見向きもされなくなった。
カラオケに津軽海峡を入れられることもなくなった。
鈴木部長の津軽海峡を聞くために、一緒に飲みに来る人まで減ってしまった。
以前は、予測不能の破壊力だったのに・・・
「音」ですらないのに、鈴木部長はただ普通に津軽海峡をうなっているから、その光景が、周囲の人間を圧倒していたのだが、
少し上達すると「音痴の中の究極の音痴」レベルになってしまっていたわけだ。
しかし、周囲が求めていたのは、進歩ではなかった。
むしろ、退化を望んでいたかもしれない(笑)
誰も、鈴木部長に歌がうまくなってほしいなどと願っていなかったのである。
本人だけが、何も知らない
もっとも、鈴木部長本人は、こうした変化にまったく気づいていなかった。
そもそも、カラオケに関心がない。
歌がうまくなりたいわけでもない。
宴会で人気者になりたいわけでもない。
ただ、津軽海峡しか知らないから、頼まれれば津軽海峡をうなる。
それだけの話である。
周囲が自分の歌を目的に集まっていたことも、歌が少しうまくなったら人が離れていったことも、本人は気づいていない。
いや、仮に気づいたところで、鈴木部長は歌がうまくなりたいとか、人気者になりたいなどと全く思っていないのだから、どうでもよかったはずだ。
数年後、私は再び鈴木部長の津軽海峡を聞く機会があった。
そのときの鈴木部長は、かなり上達していた。
それでも、「音痴の中では究極の音痴」と呼ぶべきレベルだった。
ただ、残念ながら、以前のような「音」という概念を疑うレベルではない。
それにしてもつまらなかった・・・。
あれほど破壊力があった水爆級の津軽海峡はもう存在しない・・・泣。
ただ、鈴木部長にとっては、何も問題はなかったのである。
※うーーーーーーーん。これだけ言葉を尽くして、鈴木部長の津軽海峡のすさまじさ、水爆級の破壊力について書いてきたが、この程度じゃあの歌の実際の姿を全然描き切れていない。自分の日本語力のなさに腹が立つ 怒。
いや?たぶん全ての日本語を尽くしても、川端康成や大江健三郎というノーベル賞作家ですら表現することは不可能だろう。日本語の敗北である。英語なら?中国語なら?アラビア語なら?可能なのだろうか・・・?いや、表現できそうにないぞ・・・
待てよ?この話って、ただのカラオケの話じゃなかったのか?(笑)
まぁ、いいや。
私が記事で書いたことの10倍以上ひどいとお考え下さい。
ほら、あなたも固まっただろ(笑)
おしまい
PS.
以前書いた、例の「S常務役員?(笑)」だけは、鈴木部長の人柄と、仕事ぶりを褒めまくって「さすがに部長になるだけあるお方だ」と言っておったわ(笑)
「S常務役員?の暴走」に関してはこちら(笑)
ともかく鈴木部長は現在81歳か・・・。お元気だろうか?