命を頂くということ

命を頂くということ

記事
コラム
私たちは毎日、食事の前に『いただきます』と口にします。
その言葉に込めた本当の重みを、ふと感じることはないでしょうか。
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■目の前にある命

忙しい日々の中で、
食事を単なる作業のように済ませてしまうことがあります。

スマホを片手に見ながら、あるいは『早く済ませなきゃ』と急いで口にかき込む。

私たちは忙しい日々の中で、食事をまるでガソリンスタンドで燃料を補給するかのような『単なる作業』にしてしまいがちです。

でも、ふと箸を止めて目の前の器を見つめたとき、
私たちはとてつもなく大きな『命の循環』のなかにいることに気づかされます。

きれいに切り分けられ、パックに詰められたお肉や、泥を洗い流された野菜たち。
私たちはそれらを『食材』と呼びますが、
ほんの少し前まで、彼らは大自然の中で息をし、太陽の光を浴び、
確かに生きていた命そのものです。

私たちは、彼らの『生きたかった時間』を代わりに頂いて、
今こうして呼吸をし、体温を保ち、動くことができています。

私たちの体は、無数の尊い命の結晶なのです。

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■仏教の戒(かい)の教え
十善戒の第一に、命をむやみに傷つけない
『不殺生(ふせっしょう)』があります。

これは単に『虫や動物を殺してはいけません』というルールではありません。私たちは、どんなに心優しい人であっても、お肉やお魚、植物の命を奪わなければ、生きながらえることはできないという

『逃れられない業(宿命)』を背負っています。

「奪って申し訳ない」とただ罪悪感を持つのではなく、
これほど多くの命を犠牲にして生かされているのだから、
この命を絶対に無駄にはしない。

今日という一日を、仏様や誰かのために、精一杯輝かせて生きようと誓うこと。

これこそが、仏教が説く『不殺生』の真意であり、
命に対する最大の恩返し(報恩)なのです。

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■最後に

次に食事をするときは、ほんの3秒だけ、目の前の料理を静かに見つめてみてください。そして、手を合わせ、胸の奥から
「私の命になってくれてありがとう、いただきます」と、
言葉を染み込ませるように唱えてみませんか。

頂いた命のバトンは、いまあなたの血となり、肉となり、力となっています。そのエネルギーを、誰かを傷つけるためではなく、自分や周囲の人を温めるために使いましょう。

丁寧に食べるおこないは、それ自体があなたの人生を丁寧に生きるための
最も身近な修行なのです。

必要な方にだけ、届けば良いと思っています。
祈りと供養を通して、
心と流れを静かに整えるお手伝いをしています。

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