他人の不幸は「蜜の味」?

他人の不幸は「蜜の味」?

記事
コラム
他人の失敗や不幸なニュースを聞いたとき
心のどこかでホッとしたり、安堵したりする自分に気づき
嫌悪感を抱くことはないでしょうか。

「なんて嫌な人間なんだろう」と、自分の心の濁りに蓋をしたくなる…
けれど、そうした後ろ暗い感情は
多かれ少なかれ誰もが心に秘めているものです。

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■見過ごしがちなサイン

そのような歪んだ安心感は
ご自身が日頃から強い緊張や、抑圧された不安を抱えている「サイン」でもあります。

決して、あなたという人間が冷酷なのではありません。

自分が今、暗闇の中で必死にもがいているとき
周りの灯りがまぶしすぎると苦しくなります。

他人の足元が少し揺らいだのを見て
「あぁ、完璧に見えるあの人も同じ人間なんだ」
「自分だけが置いていかれているわけじゃないんだ」と
張り詰めていた肩の力が一瞬だけ抜ける。

つまりその歪んだ安心感は
あなたの心が限界まで乾ききっているという切ない悲鳴でもあるのです。

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■自分も他人もない

仏教の教えでは、私と他者は根底で繋がっている
『自他一如(じたいちにょ)』であると説きます。

他者の不幸で得る安心は、巡り巡って自分の心を傷つけます。

なぜなら、他者を低く見積もって得た安心は長続きせず
「次は自分が落ちる番かもしれない」という新たな恐怖を生むからです。

根底で繋がっているからこそ、まずは外側ではなく
自分自身の乾いた大地に水を注ぐこと。

そんな時は、
『ああ、自分もそれほどまでに今、安心を求めているのだな』と
ご自身の不安をまず優しく受け止めてあげてください。

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■最後に

他者を責めず、自分を責めず。まずはご自身の心に
優しい風を吹き込んであげましょう。

必要な方にだけ、届けば良いと思っています。

祈りと供養を通して、
心と流れを静かに整えるお手伝いをしています。

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