ご先祖様の「声」を聴くということ | 真の供養とは

ご先祖様の「声」を聴くということ | 真の供養とは

記事
コラム
いつも温かいご縁をいただき、心より感謝申し上げます。
​最近、先祖供養をお勤めさせていただくなかで
施主様からこのようなとても純粋で愛おしいご質問をいただくことがあります。

​「ご先祖様は、今どのように思ってくださっているでしょうか?」
「ご先祖様の声を聴く(口寄せ)ようなメニューはありますか?」

​会ったことのないご先祖様を想い
「声を聴いてみたい、喜びの顔を見てみたい」と願うお気持ちは
本当に純粋で、尊いものだと感じます。

しかし、私どものお寺では、「ご先祖様が〇〇と言っていますよ」と言葉にしてお伝えするような、いわゆる霊視や口寄せのようなことは行っておりません。
(私が入定し、意識の中でご先祖様の御霊にアクセスすることはございます)

​本日は、なぜ私がそれをあえて「しない」のか、その真意について少しお話しさせてください。

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■見えない世界を、人間の言葉で限定しないために

​目に見えない神仏やご先祖様の世界は、どこまでも広く、清らかなものです。それを人間の不完全な「言葉」に当てはめてしまうことは
かえって誤解を生んだり、皆様とご先祖様との間に流れる
純粋な結びつきを狭めてしまう可能性があると考えているからです。

​また、「あの人がこう言ったから」と他人の言葉に依存してしまうことは
ご自身の中にせっかくある「自立した信仰の心」を
曇らせてしまう危うさ(霊感商法のような脆さ)を孕んでいます。

​仏教における供養とは
亡くなった方の霊を誰かの体に移して喋らせるようなものではありません。

私たちがこちらで調えた清らかな祈りの光(自利利他)が
時空を超えてご先祖様の世界を優しく照らし
お互いの命が響き合うことに本質があります。

​私の祈りは、皆様が「自らの内側にある無限の豊かさや気づき」に出会い
ご自身の力で前を向いて歩んでいただくための後押し(原動力)になることにあります。

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■あなたが今感じている「幸せ」こそが、最高の答え

​では、ご先祖様のお気持ちはどこにあるのでしょうか。

実は、他人の言葉を介さずとも、答えはすべて「あなた自身の内側」にあります。

​供養を終えたあと、あるいは日々の暮らしのなかで、朝夕に手を合わせるとき。

​「なんだか胸がじんわり温かくなった」
「生かされていることが、ありがたくて幸せだなと感じる」
「身の回りのものを、もっと大切にしようと思えた」

​そうして皆様の心にふと湧き上がる、清らかで優しい変化。

その「安心(あんじん)と感謝の御心」のなかにこそ
ご先祖様方の喜びがそのまま映し出されているのです。

子孫が今、この瞬間に幸せを感じて生きていること。
それ以上の喜びやメッセージは、ご先祖様方にはございません。

​誰かを通した一時的な言葉を頼りにしなくても
手を合わせるあなた様の後ろには
いつも命を繋いでくれたたくさんの力強い味方がついています。

​どうぞ、ご自身が心で感じ取られた温かい感覚を
何よりも信頼して大切になさってくださいね。

その確かな歩みを、これからも祈りを通じて全力でお手伝いさせていただきます。

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■ 最後に

無理にする必要はありません。
必要だと感じた時で良いです。

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