マスクで口を覆い、自分の意見まで閉じ込めていませんか?

マスクで口を覆い、自分の意見まで閉じ込めていませんか?

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コラム
マスクで口を覆い、自分の意見まで閉じ込めていませんか?


感染症騒動を経て、今もマスクをつけている人を多く見かけます。


以前の社会においては、マスクは自分が不調なときにつけるもの、あるいは素顔を隠すために使うものでした。


それが「新しいマナー」「周りへの気遣い」と言われるようになり、マスクをし続けることが当たり前になりました。


私は、この当たり前に疑問を持っています。


マスクとウイルスの関係について、印象に残っている比喩があります。


「マスクの網目がサッカーゴールなら、ウイルスはごま」
この比喩を見たとき、私はこう思いました。


「全く防げないと思いませんか?」


そして、そうした疑問も含めて、自分の考えを自由に口にできるのか。それが私の考えたい問題です。


マスクを見ると思い出す、昔のクイズ番組


子どものころに見ていたクイズ番組では、答えを間違えると、口元に✕のついたマスクをつけられ、次の一問は答えられなくなりました。


私は今、マスクをつけた人たちを見ると、その光景を思い出します。


自分の思うことを言えない。
言いたいことがあっても黙る。
周りと違う意見を、自分から口にしない。


口を覆う姿が、自分の発言まで禁止しているように見えてしまうのです。


もちろん、それは私がその光景から感じることです。しかし、その姿に強い不快感を覚えます。


表情が見えにくく、人との距離があからさまになっているようにも感じます。そこに、人と人との分断を感じるのです。


「みんながしているから」で、自分の考えを終わらせない


「周りがしているから」
「誰かが必要だと言っているから」
「外すと何か言われそうだから」


その理由だけで続けているのなら、自分はどう考えているのでしょうか。


私には、その空気が「主張するな、考えるな、言うことを聞いていろ」と迫っているように感じられます。


誰かの言葉に従うことが当たり前になり、自分の疑問を口にすることが難しくなる。
私は、その習慣が社会に根付いてしまうことを危険だと思っています。


「私はこう思う」
「私はこう考える」
「その意見には疑問がある」


そう言えてこそ、議論が始まります。


自由を求めるなら、自分の言葉で話す


自由を求めるのなら、社会や周りの人に対して、自分の意見を言えることが必要です。


違う意見が出たときに、黙らせるのではなく、話し合える社会であってほしいと思います。


「上がこう言っているから、そうしなければならない」


その考え方を私たち自身が続ければ、全体主義的な社会を、自分たちで作ってしまうのではないでしょうか。


私は歴史を学ぶ中で、戦前の思想に戻ってほしいと思う面も、戻ってほしくないと思う面もあります。


みんなが同じことをしているから、自分もそうしなければならない。違う考えは言えない。そうした空気には、戻ってほしくありません。


私は、自分の意見を言える社会がいいと思います。


社会への違和感を、言葉にしたい方へ


マスクが当たり前になっている社会に疑問を持ちながら、周りには話せない。


自分の考えを言うと否定されそうで、言葉を飲み込んでしまう。


そんな思いを抱えている方は、あかつき道整骨院でお話しください。


何に違和感を覚えているのか。なぜ自分の意見を言いにくいのか。
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